(公開 2025/12/14) / 行政法

国家賠償法1条を徹底解説|公務員の不法行為と国の責任

国家賠償法1条1項の要件(公権力の行使・公務員・職務行為性・故意過失・違法性・損害)を条文と判例で徹底解説。違法な行政指導と国賠、1条と2条の違い、求償権、公務員個人の責任まで整理します。

結論:国家賠償法1条1項の要件はこの6つ

国家賠償法1条1項に基づいて国・公共団体に損害賠償を請求するには、次の6つをすべて満たす必要があります。

  • 公権力の行使 — 純粋な私経済作用と2条(営造物の設置管理)を除く、すべての行政活動(広義説)。行政指導のような非権力的活動も含む
  • 公務員 — 身分ではなく機能で判断。公権力の行使を委ねられた私人も含む
  • 職務を行うについて — 外形標準説。客観的に職務執行の外形を備えていれば、主観的意図は問わない
  • 故意又は過失 — 職務上通常尽くすべき注意義務に違反したか(過失は客観的に判断される)
  • 違法 — 職務行為基準説。取消訴訟における違法とは必ずしも一致しない
  • 他人に損害を加えた — 相当因果関係のある損害(精神的損害=慰謝料を含む)

あわせて押さえるべき3点は、①公務員個人は被害者に対して直接責任を負わない②国・公共団体から公務員への求償は「故意又は重大な過失」がある場合に限られる(1条2項)③1条は過失責任、2条は無過失責任です。

国家賠償法は、行政書士試験の行政法科目において毎年1〜2問が出題される重要法律です。中でも1条は「公権力の行使に基づく損害賠償」を定める中核規定であり、6つの要件と重要判例の正確な理解が求められます。本記事では、国家賠償法1条の全体像を条文・判例とともに徹底的に整理します。条文がわずか2項しかないにもかかわらず、その背後には膨大な判例の蓄積があり、各要件の解釈をめぐる論点が試験では繰り返し問われます。要件論・公権力の行使の意義・違法な行政指導・公務員個人責任・求償権・規制権限の不行使・立法不作為という頻出テーマを、過去問で問われた角度まで踏み込んで解説します。

国家賠償法の全体像

国家賠償法は、わずか6条の短い法律ですが、行政活動によって生じた損害の賠償について定める極めて重要な法律です。

国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
― 国家賠償法 第1条1項

国家賠償法の構成

条文内容1条公権力の行使に基づく損害賠償(本記事の主題)2条営造物の設置管理の瑕疵に基づく損害賠償3条賠償責任者(費用負担者と選任監督・設置管理に当たる者が異なる場合の責任)4条民法の適用(前三条の規定によるほか、民法の規定による)5条他の法律の適用(民法以外の法律に別段の定めがある場合はそれによる)6条相互保証主義(外国人が被害者の場合、相互の保証があるときに限り適用)

国家賠償法は、その責任の性質によって大きく2つの類型に分かれます。1条が定める「公権力の行使」に基づく責任は過失責任であり、公務員の故意・過失を要件とします。これに対し、2条が定める営造物の設置管理の瑕疵に基づく責任は無過失責任であり、管理者の過失を要件としません。この対比は試験で頻出ですので、1条を学ぶ際は2条との違いを常に意識してください。

なお、3条から6条は条数こそ少ないものの、単独で1肢を構成することがあります。特に6条の相互保証主義は「外国人は国家賠償請求できない」という誤った選択肢の形で出題されるため、条文の文言を確認しておきましょう。

この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する。
― 国家賠償法 第6条

憲法17条との関係

国家賠償法は、憲法17条を具体化する法律です。

何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
― 日本国憲法 第17条

憲法17条は国家賠償請求権を保障する規定であり、国家賠償法はこの憲法上の権利を具体的に実現するために制定された法律です。明治憲法下では「国家無答責の法理」により国の賠償責任が否定されていましたが、現行憲法の下では国家賠償請求権が憲法上の権利として保障されています。

もっとも、憲法17条が「法律の定めるところにより」と規定していることから、国家賠償責任の要件・範囲については立法府にある程度の裁量が認められます。しかし、この裁量も無制限ではありません。郵便法による国の損害賠償責任の免除・制限を争った郵便法違憲判決は、立法裁量の限界を明示した重要判例です。

公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し、又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして許容されるものであるかどうかは、当該行為の態様、これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度、免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ、当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。
― 最大判平成14年9月11日(郵便法違憲判決)

この判決は、書留郵便物・特別送達郵便物について郵便業務従事者の故意・重過失による損害の賠償責任を免除・制限していた当時の郵便法の規定を、憲法17条に違反するとして違憲・無効とした点で画期的でした。国家賠償の文脈で違憲判断がなされた数少ない事例として、憲法科目との横断問題でも問われます。

国家賠償法1条1項の要件

国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められるためには、以下の6つの要件をすべて満たす必要があります。条文の文言を分解すると、そのまま要件が抽出できる構造になっています。

要件条文の文言ポイント① 国又は公共団体の公務員「国又は公共団体の……公務員が」広く解釈される(非常勤・私人も含む場合あり)② 公権力の行使「公権力の行使に当る」広義説(判例):私経済作用と2条の営造物管理を除くすべて③ 職務行為性「その職務を行うについて」外形標準説(判例):客観的に職務行為の外形を備えれば足りる④ 故意又は過失「故意又は過失によつて」職務上通常尽くすべき注意義務違反(過失の客観化)⑤ 違法性「違法に」職務行為基準説:職務上の注意義務違反が違法性の基準⑥ 損害と因果関係「他人に損害を加えたときは」相当因果関係のある損害

これらの要件は、原告(被害者)側が主張・立証する必要があります。一つでも欠ければ請求は認められません。以下、各要件を判例とともに掘り下げます。

要件①「国又は公共団体の公務員」

国家賠償法1条の「公務員」は、国家公務員法や地方公務員法上の公務員に限定されません。公権力の行使を委託された者も広く含まれます。重要なのは身分ではなく、その者が「公権力の行使」を担っているかどうかという機能的な観点です。

  • 正規の公務員(国家公務員・地方公務員)
  • 非常勤職員・臨時職員
  • 公権力の行使を委託された私人
  • 公権力的な事務を担う場面における民間人

重要判例: 建築基準法上の建築確認は、民間の指定確認検査機関も行うことができます。最決平成17年6月24日は、指定確認検査機関がした建築確認は、当該建築物について確認する権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体の事務であり、その事務が帰属する地方公共団体が賠償責任の主体となるという判断を示しました。民間機関が現実に事務を処理していても、その実質が行政の事務である以上、責任は事務の帰属する公共団体に及ぶという点が重要です。

加害公務員を特定できない場合

国家賠償法1条1項は、原則として加害公務員の特定を前提としますが、一連の職務行為の過程で被害が生じ、いずれかの段階に違法行為があったことが認められれば、加害者を具体的に特定できなくても国・公共団体の責任を認めることができます(後述の最判昭和57年4月1日)。「誰がやったか分からないから請求できない」という選択肢は誤りです。

要件②「公権力の行使」に当たること

判例は「公権力の行使」について広義説を採用しており、純粋な私経済作用と国家賠償法2条の営造物管理を除く、すべての行政活動が含まれると解しています。学説の対立と具体的な当てはめは重要度が高いため、次章「『公権力の行使』の意義」で独立して詳しく扱います。

ここで押さえるべきは、行政指導・公立学校の教育活動・規制権限の不行使といった非権力的・不作為の場面も1条の射程に入るということです。1条の適用範囲は、条文の語感から受ける印象よりもはるかに広いと理解してください。

要件③「職務を行うについて」(職務行為性)

判例は、職務行為性の判断について外形標準説(外形理論)を採用しています。

公務員が主観的に権限行使の意思をもってした場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもってした場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをもって、その立法の趣旨とするものと解すべきである。
― 最判昭和31年11月30日

外形標準説のポイント:

  • 公務員の主観的意図は問わない
  • 客観的に職務行為の外形を備えていれば足りる
  • 公務員が私的な目的で権限を行使した場合でも、外形上職務行為であれば該当する

具体例: 最判昭和31年11月30日の事案は、非番の警察官が制服を着用し、職務質問を装って通行人から金品を奪い、殺害したというものでした。被害者からすれば客観的に職務執行の外形を備えていたため、「職務を行うについて」の要件を満たすとされ、国(東京都)の賠償責任が認められました。

なぜ外形標準説なのか(趣旨)

外形標準説の根拠は、被害者保護にあります。被害者は加害公務員の内心の意図を知ることはできず、外形上職務行為に見える行為によって損害を被った以上、内心が私利目的であったとしても国・公共団体が責任を負うべきだという価値判断です。被害者から見て職務行為と信頼するのが当然である外形を備えていれば足りる、と理解すると暗記しやすいでしょう。

要件④「故意又は過失」

国家賠償法1条は過失責任主義に立っており、公務員に故意又は過失がなければ責任は生じません。ここでいう過失は、特定の公務員個人の主観的な落ち度というより、当該職務に就く者として通常要求される注意義務を基準に客観的に判断されます(過失の客観化)。

また、複数の公務員や部署が関与する場合には、個々の担当者の落ち度を特定するのではなく、組織として尽くすべき注意義務を問題とする「組織的過失」の考え方も用いられます。加害公務員の特定を不要とした最判昭和57年4月1日の枠組みも、この発想と親和的です。

要件⑤「違法に」

国家賠償法1条の「故意又は過失」と「違法に」の関係については、判例は職務行為基準説の立場を採用しています。

国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。
― 最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)

職務行為基準説: 公務員が職務上尽くすべき注意義務に違反したかどうかを基準として、過失と違法性を一体的に判断する考え方です。この考え方の重要な帰結は、「処分が客観的に違法であること(取消訴訟で取り消されること)」と「国家賠償法上違法であること」が必ずしも一致しない、という点です。

取消訴訟の違法と国賠の違法(違法性の相対性)

例えば、税務署長が行った課税処分が後に取消訴訟で違法として取り消されたとしても、それだけで直ちに国家賠償法上の違法が認められるわけではありません。

税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。
― 最判平成5年3月11日(奈良民商事件)

この「職務上通常尽くすべき注意義務」を基準とする立場が職務行為基準説です。取消訴訟における違法(行為が法に適合するか=結果違法)と、国家賠償における違法(職務上の注意義務違反=行為違法)とでは判断の枠組みが異なる、という点を「違法性の相対性」と呼びます。試験では「取消訴訟で違法とされた処分は当然に国賠でも違法となる」という誤った選択肢が頻出します。

要件⑥「他人に損害を加えた」

公務員の違法行為と損害との間に相当因果関係が必要です。損害には、財産的損害(積極損害・消極損害)のほか、精神的損害(慰謝料)も含まれます。損害賠償の範囲・過失相殺・損益相殺などは、国家賠償法に規定がないため、4条を通じて民法の規定が適用されます。

なお、「他人」とは加害公務員及びその属する国・公共団体以外の者を指します。被害者が公務員であっても、加害公務員との関係では「他人」に当たりえます。

要件の検討順序と立証責任

答案・記述式で書く場合も、択一で肢を切る場合も、検討の順序は条文の並びに従うのが安全です。①主体(公務員)→②行為の性質(公権力の行使)→③職務関連性→④⑤帰責事由と違法性→⑥損害と因果関係、という順に潰していくと、どの要件で切れるのかが明確になります。

立証責任は原則として原告(被害者)側が負います。ただし、規制権限の不行使のように、行政側の判断過程が問題となる場面では、行政が保有する情報の偏在をどう扱うかが実務上の争点になります。試験レベルでは「6要件はすべて原告が主張立証する」と押さえておけば足ります。

「公権力の行使」の意義

1条の適用範囲を画するのが「公権力の行使」という文言です。この語の広狭によって、ある行政活動が1条で処理されるのか、民法の一般不法行為で処理されるのかが決まります。

3つの学説

学説内容帰結狭義説権力的行政活動(命令・強制等)のみ行政指導や公立学校の教育活動は1条の対象外(民法709条で処理)広義説(判例・通説)純粋な私経済作用と国家賠償法2条の営造物管理を除く、すべての行政活動行政指導・教育活動・不作為も1条の対象最広義説純粋な私経済作用を含むすべての国家作用国が事務用品を購入する契約なども1条の対象

判例・通説が採るのは広義説です。理由は2つあります。第一に、狭義説では非権力的な行政活動によって生じた被害が国家賠償法の枠外に置かれ、被害者救済に欠けること。第二に、最広義説のように私経済作用まで取り込むと、私人と対等な立場で行う取引にまで国家賠償法という特別の規律を及ぼすことになり、民法の規律で足りる場面と区別がつかなくなることです。

広義説の定義は「引き算」で覚えると確実です。すべての国家作用から、①純粋な私経済作用と、②国家賠償法2条の対象(公の営造物の設置管理)を引いたものが1条の「公権力の行使」です。

公権力の行使に含まれるもの・含まれないもの

区分具体例根拠条文・責任1条の「公権力の行使」権力的行政(許認可・処分・強制執行)、非権力的行政(行政指導・公立学校の教育活動・行政調査)、不作為(規制権限の不行使)、立法作用・司法作用1条(過失責任)1条から除かれる国・公共団体の私経済作用(物品の購入、庁舎の賃貸借など私法上の契約)民法709条等2条の対象道路・河川等の公の営造物の設置管理の瑕疵2条(無過失責任)

公立学校の教育活動について、最判昭和62年2月6日は、市立中学校の体育の授業中にプールへの飛び込みで生徒が重傷を負った事故につき、教師の教育活動が国家賠償法1条の「公権力の行使」に含まれることを前提に、危険を伴う技術を指導する教師の注意義務を論じました。一方、純粋な私経済作用(例えば国が事務用品を購入する売買契約上のトラブル)は「公権力の行使」に当たらず、民法の不法行為・契約責任の問題として処理されます。

立法作用・司法作用も「公権力の行使」に含まれる

「公権力の行使」は行政作用に限られません。国会議員の立法行為や裁判官の裁判も「公権力の行使」に当たり、1条の適用対象です。ただし、後述するとおり、これらについては行政作用よりもはるかに厳格な違法性の判断基準がとられています。「立法・司法は国賠の対象外」という選択肢は誤りで、「対象ではあるが違法となる場面が極めて限定されている」というのが正確な整理です。

確認問題

国家賠償法1条1項の「公権力の行使」には、行政指導のような非権力的行政活動は含まれない。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
判例は「公権力の行使」について広義説を採用しており、純粋な私経済作用と国家賠償法2条の営造物管理を除く、すべての行政活動が含まれると解しています。したがって、行政指導のような非権力的行政活動も「公権力の行使」に含まれます。公立学校の教育活動や行政の規制権限の不行使なども含まれる場合があります。

違法な行政指導と国家賠償

行政指導は、相手方の任意の協力によって行政目的を実現しようとする非権力的な行為形式です。しかし現実には、許認可権限を背景とした事実上の強制力を伴うことがあり、行政指導によって損害を受けた私人が国家賠償を求める事件が繰り返し起きてきました。行政法の中でも、条文と判例の両方が問われる出題価値の高い論点です。

行政指導はなぜ「公権力の行使」に含まれるのか

行政指導は法的拘束力を持たない非権力的行為であるため、素朴に読めば「公権力の行使」には当たらないようにも見えます。しかし判例・通説の広義説によれば、1条の「公権力の行使」は権力的行為に限られず、純粋な私経済作用と2条の対象を除くすべての行政活動を含みます。行政指導は、私人と対等な立場で行う経済取引ではなく、行政目的の実現のために行われる行政活動ですから、当然に「公権力の行使」に含まれます。

この点が試験では最も狙われます。「行政指導は非権力的行為だから国家賠償法1条の対象とならない」という選択肢は誤りです。むしろ、非権力的だからこそ広義説の実益が現れる代表例が行政指導だと理解してください。

違法性の分かれ目は「任意性の限界」

行政指導は、それ自体が直ちに違法になるわけではありません。行政指導を行うこと自体は行政庁の裁量に属し、適法に行われる限り国家賠償の問題は生じません。違法となるのは、行政指導が相手方の任意性の限界を超え、事実上の強制に転化した場合です。

この判断基準は、行政手続法が定める行政指導の一般原則と表裏をなしています。

行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
― 行政手続法 第32条1項

行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
― 行政手続法 第32条2項

申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
― 行政手続法 第33条

許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が、当該権限を行使することができない場合又は行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。
― 行政手続法 第34条

行政手続法は平成5年制定・平成6年施行であり、以下に見る判例はいずれも同法制定前の事案です。しかし、これらの判例が示した「任意性の限界」という発想が、行手法32条〜34条として条文化されたという関係にあります。判例が先にあり、条文が後から追いついたという順序を意識すると、両者を一体で覚えられます。

品川マンション事件(最判昭和60年7月16日)

事案: 建築主が東京都の建築主事に対しマンションの建築確認を申請したところ、付近住民との紛争を理由に、都の側は住民との話合いによる解決を求める行政指導を継続し、確認処分を留保し続けました。建築主は、行政指導に協力できないとして建築審査会に審査請求を行い、その後に確認処分がされたものの、留保によって工事着工が遅れたことによる損害の賠償を求めました。

判旨:

建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。
― 最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)

意義: 建築確認は、法定の要件に適合していれば確認しなければならない羈束的な処分です。にもかかわらず、行政指導が継続していることだけを理由に処分を留保することは、申請権の侵害にほかなりません。もっとも最高裁は、行政指導に対して建築主が任意に協力している間の留保まで一律に違法とはせず、建築主が不協力の意思を真摯かつ明確に表明した時点を境として、それ以降の留保を原則違法としました。行政指導の任意性と、行政指導によって実現しようとする公益上の必要性とを比較衡量し、建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような「特段の事情」があれば、なお留保が許される余地を残した点も重要です。

この判例の枠組みが、後に行政手続法33条(申請に関連する行政指導)として明文化されました。申請者が「従う意思がない旨を表明」したにもかかわらず行政指導を継続して権利行使を妨げてはならない、という条文の構造が、判例の判断枠組みそのものであることを確認してください。

出題ポイント: 「行政指導が行われている間は確認処分を留保しても常に適法である」「不協力の意思表明があれば直ちにすべての留保が違法となる」はいずれも誤り。不協力の意思の真摯かつ明確な表明と、特段の事情の不存在という2段構えが正確な理解です。

武蔵野市教育施設負担金事件(最判平成5年2月18日)

事案: 武蔵野市は宅地開発等指導要綱を定め、一定規模以上のマンションを建築する事業主に対し、教育施設負担金の納付を求めていました。市は、要綱に従わない事業主に対して水道の給水契約の締結を拒否するなどの措置を背景に、要綱の遵守を求めていました。事業主は約1523万円の負担金を納付した後、これは違法な行政指導によって事実上強制されたものであるとして、国家賠償を請求しました。

判旨:

本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。
― 最判平成5年2月18日(武蔵野市教育施設負担金事件)

最高裁は、こうした制裁措置を背景とする指導要綱の運用について、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使に当たるとして、国家賠償責任を認めました。

意義: 行政指導が形式上「お願い」の体裁をとっていても、従わなければ生活や事業に不可欠なサービスを受けられなくなるという制裁を背景としている場合には、相手方に選択の自由がなく、任意性は失われています。形式ではなく実質で任意性を判断するという視点を示した点に、この判例の核心があります。行政手続法32条2項が「行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない」と定めるのは、まさにこの発想の明文化です。

出題ポイント: 「行政指導によって寄付金の納付を求めること自体が違法である」という選択肢は誤り。任意の寄付を求める行政指導それ自体は違法ではなく、制裁措置を背景として事実上強制した点が違法とされたのだ、という限定を落とさないようにしましょう。

宜野座村工場誘致事件(最判昭和56年1月27日)

事案: 村長が企業に対し工場建設への全面的な協力を言明したため、企業はこれを信頼して土地の確保や機械設備の発注などの投資を進めました。ところが村長選挙後に就任した新村長が、住民の反対を理由として協力を拒否したため、企業は工場建設を断念し、損害賠償を請求しました。

判旨: 最高裁は、地方公共団体の施策は社会情勢の変動に応じて変更されうるものであって、変更それ自体が直ちに違法となるものではないとしつつ、特定の者に対する個別的・具体的な勧告ないし勧誘を伴い、かつ相当長期にわたる施策の継続を前提としてはじめて投入した資金・労力に見合う効果が生じる性質の活動を促した場合には、その施策の変更がやむをえない客観的事情によるものでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体は不法行為責任を負うとしました。

意義: 行政指導そのものの態様が問題となった品川マンション事件・武蔵野市事件とは異なり、こちらは行政の誘導に応じた私人の信頼をどこまで保護するかという信義則の問題です。行政指導・勧奨が適法に行われた場合であっても、後の施策変更によって信頼を裏切れば賠償責任が生じうるという点で、行政指導をめぐる国家賠償の射程を広げた判例といえます。

出題ポイント: 「行政計画・施策の変更は行政の裁量に属するから、これによって私人が損害を被っても賠償責任は生じない」という選択肢は誤り。原則は適法だが、個別具体的な勧告・勧誘+長期継続を前提とする活動+やむをえない事情の不存在という要素がそろえば違法となりうる、と整理します。

違法な行政指導かどうかの判断ステップ

ステップ検討事項判断の手がかり1その行政指導は「公権力の行使」か広義説によりほぼ常にYES2所掌事務の範囲内か行手法32条1項前段。範囲を逸脱していれば違法3相手方の任意性が確保されているか制裁措置・不利益取扱いを背景にしていないか(行手法32条2項)4申請に関連する行政指導か不協力の意思表明後も継続していないか(行手法33条・品川マンション事件)5許認可権限をちらつかせていないか行手法34条6施策変更による信頼破壊がないか宜野座村工場誘致事件の枠組み

なお、行政指導を受けた私人の救済手段は国家賠償に限られません。行政手続法36条の2は行政指導の中止等の求めを定めており、法令に違反する行為の是正を求める行政指導について、相手方が中止等を申し出る仕組みが用意されています。事後的な金銭賠償(国賠)と、事前・進行中の是正手段とを区別して理解しておきましょう。

確認問題

行政指導は相手方の任意の協力を求める非権力的な行為であるから、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には当たらず、違法な行政指導によって損害が生じても同項に基づく賠償請求はできない。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
判例が採る広義説によれば、「公権力の行使」には純粋な私経済作用と国家賠償法2条の対象を除くすべての行政活動が含まれるため、行政指導も「公権力の行使」に当たります。武蔵野市教育施設負担金事件(最判平成5年2月18日)は、給水契約の締結拒否等の制裁措置を背景として指導要綱を遵守させようとした行為を、任意に寄付金の納付を求める行政指導の限度を超える違法な公権力の行使として、国家賠償責任を認めました。また品川マンション事件(最判昭和60年7月16日)は、建築主が不協力の意思を真摯かつ明確に表明した後の確認処分の留保を違法としています。

公務員個人の責任

国家賠償法1条1項に基づく責任の主体は国又は公共団体であり、公務員個人は被害者に対して直接責任を負いません。これが公務員個人責任否定説(判例の立場)です。

被害者が加害公務員を直接の被告として民法709条に基づく損害賠償を請求することはできない、というのが確立した判例の立場です。その理由は2つあります。第一に、被害者の救済は資力の確実な国・公共団体に対する請求によって図るほうが実効的であること。第二に、公務員個人が常に賠償責任のリスクにさらされると、萎縮して職務の適正な遂行が妨げられることです。

なお、これはあくまで民事上の賠償責任の話です。加害公務員が刑事責任(公務員職権濫用罪など)や懲戒責任を負うことは別問題であり、これらが免除されるわけではありません。「公務員は一切責任を問われない」という選択肢は誤りです。

加害公務員の特定が不要とされた判例

国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法一条一項による損害賠償責任を負うべきものと認められるときは、国又は公共団体に対する損害賠償請求についてはその特定をしなくても差し支えない。
― 最判昭和57年4月1日

責任主体が公務員個人ではなく国・公共団体であるからこそ、加害者を個別に特定しなくても請求が成り立ちます。公務員個人責任否定説と、この特定不要の判例とは、同じ発想から導かれる表裏の関係にあると理解すると記憶に残ります。

求償権(1条2項)

国・公共団体が被害者に賠償した後、加害公務員に対して負担を転嫁できるかを定めるのが1条2項です。

前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
― 国家賠償法 第1条2項
項目内容求償の主体国又は公共団体求償の相手方違法行為を行った公務員求償の要件公務員に故意又は重大な過失があったとき注意点軽過失の場合は求償できない

被害者は国又は公共団体に対してのみ賠償請求でき、公務員個人に対して直接賠償請求することはできません。国又は公共団体が賠償した後、故意又は重大な過失がある場合に限り、公務員個人に対して求償することができます。

求償の趣旨と「軽過失では求償不可」の意味

1条2項が求償の要件を「故意又は重大な過失」に限定したのは、公務員が軽過失程度のミスを恐れて職務遂行に萎縮することを防ぐためです。つまり、被害者救済(1条1項)の場面では過失(軽過失でも可)で足りるのに対し、国・公共団体が公務員に負担を転嫁する求償(1条2項)の場面では、より重い「故意又は重大な過失」が要求されます。「賠償の要件」と「求償の要件」で過失の程度が異なるという非対称性が、最も問われやすいポイントです。

また、求償権は「有する」と規定されているにとどまり、要件を満たせば必ず全額を求償しなければならないというものではありません。実務上は、公務員の帰責の程度や事案の性質に応じて求償額が調整されます。

複数の公共団体が関わる場合の求償(3条との関係)

公務員の選任・監督に当たる者(又は営造物の設置・管理に当たる者)と、その費用を負担する者とが異なる場合、被害者は3条1項に基づき、いずれに対しても賠償を請求できます。そして3条2項は、賠償をした者が内部関係で最終的に責任を負うべき者に対して求償権を有すると定めています。

前項の場合において、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する。
― 国家賠償法 第3条2項

最判平成21年10月23日も、3条1項により損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償できると判示しています。1条2項の「公務員個人への求償」と、3条2項に基づく「公共団体間の求償」は別の制度ですので混同しないようにしましょう。前者は故意・重過失が要件、後者は内部的な最終責任の所在によって決まる、という違いも押さえてください。

確認問題

国家賠償法1条2項の求償権は、公務員に軽過失しかない場合でも行使することができる。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
国家賠償法1条2項は「公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と規定しています。求償権が認められるのは「故意又は重大な過失」がある場合に限られ、軽過失の場合には求償権は認められません。これは公務員が萎縮せずに職務を遂行できるようにするための配慮です。一方、被害者に対する賠償(1条1項)は軽過失でも成立する点と対比して押さえましょう。

規制権限の不行使と国家賠償

行政庁が法律上の規制権限を行使しなかった場合(不作為)についても、一定の要件の下で国家賠償法1条の責任が認められることがあります。本来、規制権限の行使には行政の裁量が認められますが、その裁量が収縮し、権限を行使しないことが著しく不合理と評価される場合には違法となります(裁量権収縮論・反射的利益論との関係でも論じられます)。

規制権限不行使の違法性の判断基準

判例は、規制権限の不行使が国家賠償法上違法となるかどうかについて、以下の要素を総合考慮して判断しています。

その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法一条一項の適用上違法となる。
― 最判平成元年11月24日(宅建業者事件)

この「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」という基準は、その後の規制権限不行使に関する判例で繰り返し用いられている定式です。考慮要素として、被侵害利益の重大性(特に生命・健康)、危険の切迫性、行政が危険を予見できたか(予見可能性)、権限行使によって結果を回避できたか(結果回避可能性)などが総合的に判断されます。

規制権限不行使に関する重要判例

判例事案結論宅建業者事件(最判平成元年11月24日)知事が宅建業者に対する監督処分を怠った一般的基準を示しつつ違法を否定クロロキン薬害事件(最判平成7年6月23日)厚生大臣が医薬品の副作用情報を把握しながら規制しなかった違法を否定筑豊じん肺訴訟(最判平成16年4月27日)通商産業大臣が石炭鉱山に対する保安規制権限を行使しなかった違法を肯定関西水俣病訴訟(最判平成16年10月15日)水質二法に基づく規制権限を行使しなかった違法を肯定

筑豊じん肺訴訟(最判平成16年4月27日)の意義

炭鉱労働者のじん肺被害について、国が鉱山保安法に基づく省令制定権限(粉じん対策に関する保安規制)を適時に行使しなかったことが争われました。最高裁は、国がじん肺の医学的知見を踏まえて速やかに保安規制権限を行使すべきであったとして、一定時期以降の権限不行使を著しく合理性を欠くものと評価し、国の賠償責任を認めました。生命・健康という重大な法益が問題となる場面で、行政の規制権限不行使を違法とした代表的判例です。

関西水俣病訴訟(最判平成16年10月15日)の意義

水俣病の被害拡大について、国・熊本県が水質二法(旧・水質保全法と工場排水規制法)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法とされました。被害の重大性、原因と被害の予見可能性、規制によって被害拡大を防止できた可能性などを総合考慮し、一定時期以降の権限不行使を著しく合理性を欠くとしています。筑豊じん肺訴訟とあわせて「規制権限不行使を違法とした2大判例」として整理しておきましょう。

パトカー追跡事件(最判昭和61年2月27日)

パトカーの追跡行為によって第三者が損害を受けた事案について、最高裁は以下のように判示しました。

警察官がパトカーで犯人を追跡する職務の執行中に、犯人の運転する車両が第三者に損害を加えた場合において、右追跡行為が国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるか否かは、当該追跡行為の態様がその目的に照らして不相当であったかどうかによって判断すべきである。
― 最判昭和61年2月27日

この事案では、追跡行為の必要性・態様が目的に照らして不相当とはいえないとして、違法性が否定されました。直接の加害者は逃走車両の運転者であっても、警察の追跡行為自体の違法性が問われうる点、そして判断基準が「目的に照らした態様の不相当性」である点が出題ポイントです。

確認問題

規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となるのは、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合である。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
最判平成元年11月24日(宅建業者事件)が示した基準のとおり、規制権限の不行使は、権限を定めた法令の趣旨・目的、権限の性質等に照らし、具体的事情の下でその不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに、被害者との関係で国家賠償法1条1項の適用上違法となります。この基準は筑豊じん肺訴訟・関西水俣病訴訟でも踏襲されています。

立法不作為・司法作用と国家賠償

国会の立法不作為(法律を制定しないこと又は法律を改廃しないこと)が国家賠償法上違法となるかどうかも重要な論点です。立法行為や裁判という国家作用は、その性質上、原則として国家賠償法上違法とはなりにくく、例外的に違法となる枠組みが判例で確立されています。

在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日)

最高裁は、国会議員の立法行為(立法不作為を含む)は原則として国家賠償法の適用上違法とならないとしつつ、例外的に違法となる場合があることを認めました。

国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けない。
― 最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)

この判決は、立法行為が国家賠償法上違法となる場面を「憲法の一義的な文言に違反する」という極めて限定的な場合に絞ったため、事実上違法を認めることがほぼ不可能な厳格な基準でした。

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)

在宅投票制度廃止事件の判例を実質的に変更し、立法不作為の違法性の判断基準を緩和しました。

立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受ける。
― 最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)
判例判断基準結論在宅投票制度廃止事件(昭和60年)憲法の一義的な文言に違反する場合違法性否定在外日本人選挙権訴訟(平成17年)権利侵害が明白な場合・立法措置が必要不可欠で明白なのに長期間怠った場合等違法性肯定

この訴訟では、在外国民に国政選挙の投票を認めていなかった公職選挙法の規定について、遅くとも一定時期以降は違憲であり、立法不作為が国家賠償法上違法と認められ、原告に慰謝料が認められました。立法不作為について実際に国の賠償責任を認めた点で画期的な判決です。

裁判官の裁判行為と国家賠償(最判昭和57年3月12日)

裁判官が行う裁判(判決等)も「公権力の行使」に当たりますが、裁判の違法を理由とする国家賠償が認められるのは極めて例外的です。

裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする。
― 最判昭和57年3月12日

裁判の違法は本来上訴によって是正されるべきものであり、結果として裁判内容に誤りがあっても直ちに国賠の違法とはならない、という枠組みです。立法作用・司法作用については、それぞれ独立性・終局性への配慮から、行政作用とは異なる厳格な違法判断基準がとられている点を整理しておきましょう。

確認問題

在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、立法不作為が国家賠償法上違法となる場合はないと判示した。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
在外日本人選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」等には、例外的に国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとしました。在宅投票制度廃止事件の厳格な基準を緩和し、実際に立法不作為の違法性を認めた重要判例です。

国家賠償法1条と2条の違い

国家賠償を学ぶ上で、1条と2条の違いは必出の対比です。まず2条1項の条文を確認しましょう。

道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。
― 国家賠償法 第2条1項

1条1項が「公務員が……故意又は過失によつて違法に」と規定するのに対し、2条1項には故意・過失も違法性も出てきません。この条文の書きぶりの違いが、両条の性格の違いをそのまま表しています。

項目1条(公権力の行使)2条(営造物の設置管理)責任の性質過失責任(故意・過失が必要)無過失責任(瑕疵があれば足りる)条文上の要件公権力の行使/公務員/職務行為性/故意過失/違法/損害公の営造物/設置又は管理の瑕疵/損害中心的要件公務員の故意・過失、違法性営造物の設置・管理の瑕疵(通常有すべき安全性の欠如)対象人の行為(作為・不作為)物(公の営造物)の客観的状態「違法」の要否必要(「違法に」と明記)条文上不要(瑕疵の有無で判断)求償の要件公務員の故意又は重大な過失(1条2項)他に損害の原因について責任ある者があるとき(2条2項)対象となる物―道路・河川・庁舎・公園など。動産や自然公物も含みうる

「2条は無過失責任である」「2条には管理者の故意・過失は不要」という点は、1条との対比で頻出します。1条2項と2条2項がいずれも求償権の規定でありながら、要件が異なる(1条2項は故意・重過失、2条2項は「他に損害の原因について責に任ずべき者があるとき」)点も、比較問題の格好の素材です。

1条と2条が交錯する場面

例えば、公立学校のプールで生徒が事故に遭った場合、①プール施設自体に通常有すべき安全性を欠く欠陥があったのなら2条の問題、②施設に問題はないが教師の指導方法に注意義務違反があったのなら1条の問題、というように整理されます。同一の事故について1条と2条の双方が主張されることも珍しくありません。

試験対策としては、「人の行為が問題なら1条、物の状態が問題なら2条」という切り分けを軸に据えつつ、両条の要件の違いを押さえておけば十分です。営造物責任の詳細は別記事で扱いますが、1条の学習段階でこの違いを意識しておくと得点に直結します。

国家賠償法1条と民法709条の関係

国家賠償法1条は、公務員の不法行為について民法709条の特別法として位置づけられます。

項目国家賠償法1条民法709条責任主体国又は公共団体行為者本人対象行為公権力の行使一般の不法行為公務員個人の責任否定(判例)行為者本人が責任を負う求償故意又は重大な過失がある場合―

国家賠償法4条は、次のように定めています。

国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。
― 国家賠償法 第4条

したがって、損害賠償の範囲、過失相殺、消滅時効、慰謝料の算定等については民法の規定が適用されます。さらに5条は、民法以外の他の法律に別段の定めがあるときはそれによると定めており、特別法が優先する構造になっています。

消滅時効

国家賠償請求権の消滅時効も、4条を介して民法の不法行為の規定によります。民法724条は、不法行為による損害賠償請求権について、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間で時効消滅すると定めています。さらに724条の2は、人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、724条1号の「三年間」を「五年間」と読み替えると規定しています。

条文番号の細部より、「時効については国家賠償法に独自の規定がなく、4条を介して民法による」という構造を押さえておけば足ります。

重要判例の整理

国家賠償法1条をめぐる主要判例を、論点ごとに一覧にしておきます。直前期はこの表を見て、事案と結論が即答できるかを確認してください。

論点判例結論・キーワード職務行為性最判昭和31年11月30日外形標準説。非番警官の制服強盗でも国が責任を負う加害公務員の特定最判昭和57年4月1日一連の職務行為のいずれかに違法があれば特定不要公務員の範囲最決平成17年6月24日指定確認検査機関の建築確認は事務が帰属する地方公共団体の責任教育活動最判昭和62年2月6日公立学校の教育活動も「公権力の行使」に含まれる行政指導(申請留保)最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)不協力の意思の真摯かつ明確な表明後の留保は違法行政指導(事実上の強制)最判平成5年2月18日(武蔵野市教育施設負担金事件)制裁措置を背景とする指導要綱の運用は違法な公権力の行使施策変更と信頼保護最判昭和56年1月27日(宜野座村工場誘致事件)やむをえない事情がない限り信頼関係の不当な破壊として違法違法性の相対性最判平成5年3月11日(奈良民商事件)過大な更正でも直ちに国賠上違法ではない(職務行為基準説)警察活動最判昭和61年2月27日(パトカー追跡事件)目的に照らした態様の不相当性で判断。本件は違法性否定規制権限不行使(否定例)最判平成元年11月24日(宅建業者事件)「著しく合理性を欠く」基準を提示しつつ違法否定規制権限不行使(否定例)最判平成7年6月23日(クロロキン薬害事件)違法否定規制権限不行使(肯定例)最判平成16年4月27日(筑豊じん肺訴訟)保安規制権限の不行使を違法規制権限不行使(肯定例)最判平成16年10月15日(関西水俣病訴訟)水質二法上の権限不行使を違法立法不作為(否定例)最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止事件)「憲法の一義的な文言に違反」する場合に限る立法不作為(肯定例)最大判平成17年9月14日(在外日本人選挙権訴訟)基準を緩和し違法を肯定、慰謝料を認容司法作用最判昭和57年3月12日特別の事情がある場合に限り違法憲法17条と立法裁量最大判平成14年9月11日(郵便法違憲判決)免責・責任制限規定を違憲・無効公共団体間の求償最判平成21年10月23日3条1項で賠償した者は内部関係の責任者に求償できる

試験での出題ポイント

国家賠償法1条に関する問題は、条文知識と判例知識の両方が問われます。択一だけでなく多肢選択式・記述式でも出題されうる重要分野です。

条文知識として暗記すべき事項

  1. 1条1項の6要件: 公務員・公権力の行使・職務行為性・故意過失・違法性・損害因果関係
  2. 公権力の行使の範囲: 広義説(私経済作用と2条の営造物管理を除くすべて)
  3. 求償権の要件: 故意又は重大な過失(1条2項)
  4. 公務員個人の責任: 被害者に対して直接責任を負わない(判例)
  5. 民法の適用(4条): 時効・過失相殺・損害賠償の範囲は民法による
  6. 相互保証主義(6条): 外国人が被害者の場合は相互の保証があるときに限り適用

過去問で問われた角度

  • 賠償の要件と求償の要件の非対称性: 被害者への賠償は「過失」(軽過失でも可)、公務員への求償は「故意又は重大な過失」。この対比をひっくり返した選択肢が頻出。
  • 違法性の相対性: 「取消訴訟で違法とされた処分は当然に国賠でも違法となる」という選択肢は誤り(職務行為基準説)。
  • 外形標準説: 「公務員が私利目的で行った行為は職務行為に当たらない」という選択肢は誤り(外形上職務行為なら該当)。
  • 行政指導と国賠: 「行政指導は非権力的だから1条の対象外」は誤り。品川マンション事件・武蔵野市事件の判断枠組みと、行手法32条〜34条との対応が問われる。
  • 規制権限不行使: 「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」という定式と、肯定例(筑豊じん肺・関西水俣病)・否定例(クロロキン)の対応。
  • 立法不作為: 在外選挙権訴訟が基準を緩和し違法を肯定したこと。
  • 指定確認検査機関: 民間機関の建築確認でも、事務が帰属する地方公共団体が責任を負うこと。

頻出のひっかけパターン

ひっかけ正解公務員個人に対して直接賠償請求できるできない(判例:公務員個人責任否定説)軽過失でも公務員に求償できる故意又は重大な過失のみ(1条2項)公権力の行使は権力的行為に限る広義説:非権力的行為も含む行政指導は非権力的だから国賠の対象外対象となる(武蔵野市事件・品川マンション事件)寄付を求める行政指導はそれ自体が違法違法なのは制裁措置を背景とした事実上の強制立法不作為は常に合法一定の場合に違法となりうる(在外選挙権訴訟)職務行為性は公務員の主観で判断外形標準説:客観的に職務の外形があれば足りる取消訴訟で違法な処分は当然に国賠でも違法必ずしも一致しない(違法性の相対性・職務行為基準説)1条も2条も過失責任である1条は過失責任、2条は無過失責任加害公務員を特定できなければ請求できない一定の要件の下で特定不要(最判昭和57年4月1日)

よくある誤解

  • 誤解1:公務員個人を被告にできる → 被害者は国・公共団体にのみ請求可能。公務員個人への直接請求は否定されています。
  • 誤解2:私経済作用も1条で処理する → 純粋な私経済作用は1条の「公権力の行使」に当たらず、民法の問題です。
  • 誤解3:求償は当然に全額できる → 求償は「故意又は重大な過失」がある場合に限られ、軽過失では求償できません。
  • 誤解4:外国人は一切国賠請求できない → 6条は相互保証主義を採るにすぎず、相互保証がある国の国民であれば請求できます(一律否定ではありません)。
  • 誤解5:行政指導に従わなかったことによる損害は自己責任 → 行政手続法32条2項は不利益取扱いを禁じており、これに反する運用は国賠の対象となりえます。

まとめ

国家賠償法1条に関する重要ポイントを整理します。

  1. 6要件: 公務員の公権力の行使について、職務を行うにつき、故意又は過失により、違法に、他人に損害を加えたこと
  2. 公権力の行使: 広義説により、私経済作用と2条の営造物管理を除くすべての行政活動を含む
  3. 職務行為性: 外形標準説により、客観的に職務行為の外形を備えていれば足りる
  4. 違法性: 職務行為基準説。取消訴訟の違法と国賠の違法は必ずしも一致しない(違法性の相対性)
  5. 違法な行政指導: 任意性の限界を超えて事実上の強制に転化した場合に違法(品川マンション事件・武蔵野市教育施設負担金事件)
  6. 公務員個人の責任: 被害者に対して直接責任を負わない。求償は故意又は重大な過失がある場合のみ
  7. 規制権限の不行使: 不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く場合に違法となる(筑豊じん肺・関西水俣病で肯定)
  8. 立法不作為: 権利侵害が明白な場合等に例外的に違法となりうる(在外選挙権訴訟で基準緩和)
  9. 1条と2条: 1条は過失責任、2条は無過失責任

国家賠償法1条は条文自体は短いですが、要件ごとに重要判例が集積しており、判例の立場を正確に理解することが試験対策の鍵となります。特に公権力の行使の範囲、外形標準説、公務員個人の責任否定、違法性の相対性、違法な行政指導、規制権限不行使の判断基準は頻出テーマです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 国家賠償法1条1項の要件は結局いくつあるのですか?

条文の文言を分解すると、①国又は公共団体の公務員、②公権力の行使、③職務を行うについて、④故意又は過失、⑤違法、⑥他人に損害を加えたこと(と相当因果関係)の6つになります。テキストによっては④と⑤をまとめて5要件とする整理もありますが、内容は同じです。判例が職務行為基準説を採り、故意過失と違法性を「職務上通常尽くすべき注意義務に違反したか」という一つの物差しで判断していることを踏まえると、④⑤を一体で理解しておくほうが実戦的です。

Q2. 違法な行政指導で損害を受けた場合、国家賠償を請求できますか?

できます。判例が採る広義説によれば、行政指導も「公権力の行使」に含まれるためです。ただし、行政指導が行われたこと自体で直ちに違法となるわけではなく、相手方の任意性の限界を超えて事実上の強制に転化していることが必要です。給水拒否等の制裁措置を背景に負担金を納付させた武蔵野市教育施設負担金事件(最判平成5年2月18日)、不協力の意思表明後も建築確認処分を留保し続けた品川マンション事件(最判昭和60年7月16日)が代表例です。

Q3. 加害公務員個人を被告にして損害賠償を請求できますか?

できません。判例は公務員個人責任否定説を採っており、被害者は国又は公共団体に対してのみ賠償を請求できます。被害者救済の実効性(国・公共団体は資力が確実)と、公務員の職務遂行の萎縮防止がその理由です。ただし、これは民事上の賠償責任の話であり、当該公務員が刑事責任や懲戒責任を問われることは別問題です。

Q4. 国が賠償した後、公務員に全額を負担させることはできますか?

まず、求償できるのは公務員に故意又は重大な過失があった場合に限られます(1条2項)。軽過失にとどまる場合は求償できません。また、条文は「求償権を有する」と定めるにとどまり、要件を満たせば必ず全額を求償しなければならないわけではありません。「賠償は軽過失でも成立するが、求償は故意・重過失が必要」という非対称性が試験の狙い目です。

Q5. 取消訴訟で処分が違法として取り消されれば、国家賠償も当然に認められますか?

認められません。判例は職務行為基準説に立ち、国家賠償法上の違法を「公務員が職務上通常尽くすべき注意義務に違反したか」で判断します。処分が客観的に法に適合していなかった(取消訴訟上違法)としても、担当職員が通常の注意義務を尽くしていたのであれば、国賠法上は違法とされません。これを違法性の相対性と呼びます。奈良民商事件(最判平成5年3月11日)が代表判例です。

Q6. 国家賠償法1条と2条は、どう見分ければよいですか?

問題の所在が「人の行為」なら1条、「物の状態」なら2条と切り分けるのが基本です。1条は公務員の故意・過失と違法性を要件とする過失責任、2条は公の営造物の設置又は管理の瑕疵を要件とする無過失責任です。同じ事故について両方が主張されることもあり、例えば公立学校のプール事故なら、施設の欠陥は2条、教師の指導の問題は1条で構成されます。

Q7. 外国人は国家賠償を請求できますか?

国家賠償法6条は「この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する」と定めています(相互保証主義)。したがって一律に否定されるわけではなく、その外国人の本国において日本人が同様の賠償を受けられる制度があれば、日本でも国家賠償を請求できます。「外国人は国賠請求できない」という選択肢は誤りです。

Q8. 国家賠償請求権の消滅時効はどうなりますか?

国家賠償法に独自の規定はなく、4条を介して民法が適用されます。民法724条により、損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間で時効消滅します。ただし、人の生命又は身体を害する不法行為については、724条の2により「3年間」が「5年間」に読み替えられます。国家賠償の事案は生命・身体に関わるものが多いため、この読み替えが働く場面は少なくありません。

演習で定着させる

この論点は、公権力の行使・職務行為の外形・違法性の各要件のあてはめが本試験で繰り返し問われます。読んで理解した状態と、肢の言い回しを変えられても正誤を判断できる状態のあいだには差があります。行政書士ブートラボの肢別演習は過去問を一問一答に分解して出題するため、その差をその場で潰していけます。行政法は法令科目のなかで最も出題数が多い科目なので、関連する論点をまとめて回すのが得点効率の面でも有利です。

国家賠償の全体像を固めるには、無過失責任である2条(営造物責任)や、行政事件訴訟との関係もあわせて学習すると理解が深まります。関連分野は以下の記事もご活用ください。

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