違憲審査制とは|付随的と抽象的の違い・重要判例
憲法81条の違憲審査制をわかりやすく解説。付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制の違い、警察予備隊事件、法令違憲と適用違憲の違い、違憲判決の効力(個別的効力説)、統治行為論など司法権の限界を判例で整理します。
結論|日本の違憲審査制は「付随的違憲審査制」
日本の違憲審査制は、具体的な事件の解決に必要な限度でのみ憲法適合性を審査する「付随的違憲審査制」です。 憲法81条は最高裁判所を違憲審査の終審裁判所と定めていますが、これは最高裁の独占を意味せず、下級裁判所も違憲審査権を行使できます。他方で、具体的な事件を離れて「この法律は憲法違反ではないか」とだけ問う訴えは認められません。この点を確定させたのが警察予備隊違憲訴訟(最大判昭和27年10月8日)で、最高裁は「司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする」として訴えを却下しました。違憲判決の効力も、通説(個別的効力説)では当該事件限りにとどまり、法律が自動的に廃止されるわけではありません。
30秒で押さえる早見表
本記事は違憲審査の仕組み(誰が・いつ・どこまで・どんな効力で審査するのか)に集中して解説します。最高裁が実際に違憲と判断した判例の網羅的なリストは最高裁の違憲判決一覧にまとめてありますので、判例そのものを一覧で確認したい場合はそちらを参照してください。
はじめに|違憲審査制は統治分野の最重要テーマ
行政書士試験の憲法・統治分野において、違憲審査制は最も出題頻度の高いテーマの一つです。憲法81条が定める違憲審査権の性質、司法権の限界に関する判例法理、そして立法不作為の違憲が問われた重要判例は、択一式・多肢選択式のいずれにおいても繰り返し出題されています。
本記事では、違憲審査制の基本的な仕組みから、統治行為論・部分社会の法理といった司法権の限界に関する論点、さらには法令違憲と適用違憲の区別、条約の違憲審査の可否まで、行政書士試験で問われるポイントを体系的に解説します。
違憲審査制の論点は、大きく次の4つのブロックに分けて整理すると理解しやすくなります。第一に「誰が・どのような契機で審査するのか」という審査制の類型(付随的か抽象的か)、第二に「どのように違憲と判断するのか」という違憲判断の方法(法令違憲・適用違憲)、第三に「違憲判決にどのような効力があるのか」という違憲判決の効力、第四に「どこまで審査できるのか」という司法権の限界(統治行為論・部分社会の法理・議院の自律権・裁量論)です。本記事もこの順で解説していきます。4つの軸を意識しながら読み進めると、個々の判例が制度全体のどこに位置するのかが見えてきます。
憲法81条の意味|違憲審査権の根拠条文
条文の確認
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
― 日本国憲法 第81条
この条文は、最高裁判所に違憲審査権を付与した規定です。ただし、違憲審査権は最高裁判所のみが有するわけではなく、下級裁判所も違憲審査権を行使することができます。81条は、最高裁判所が違憲審査に関する「終審裁判所」であること、すなわち違憲審査の最終的な判断権限を有することを定めたものです。
下級裁判所も違憲審査権を持つ理由
「最高裁判所は…終審裁判所である」という81条の文言だけを読むと、違憲審査権は最高裁判所の専権のようにも見えます。しかし、判例・通説は下級裁判所も違憲審査権を行使できると解しています。その根拠は次のとおりです。
- 76条1項の司法権はすべての裁判所に属する: 違憲審査は司法権の作用であり、下級裁判所も司法権を行使する以上、当然に違憲審査権を持つ。
- 81条は「終審」を定めたにすぎない: 81条が最高裁判所を「終審裁判所」と位置づけているのは、下級裁判所が違憲審査を行うことを前提に、その最終判断を最高裁判所が行うという審級構造を示したものと理解される。
- 裁判官の憲法尊重擁護義務(99条): すべての裁判官は憲法を尊重し擁護する義務を負っており、憲法に反する法令を適用しないことが求められる。
最高裁判所も、下級裁判所が違憲審査権を有することを早くから認めています(最大判昭和25年2月1日が、裁判所一般が違憲審査権を持つことを前提とした判断を示しています)。試験では「違憲審査権は最高裁判所のみが有する」という誤った肢が定番ですので、ここは確実に押さえておきましょう。
違憲審査の対象
81条が列挙する違憲審査の対象は以下のとおりです。
注意点: 条文上「条約」は明示されていませんが、条約の違憲審査の可否については後述する学説上の議論があります。
「処分」に裁判(判決)は含まれるか
81条にいう「処分」に、裁判所の「裁判(判決)」が含まれるかも論点です。判例は、裁判も81条の「処分」に含まれ、違憲審査の対象となると解しています。最高裁は「裁判は一般的抽象的規範を制定するものではなく、個々の事件について具体的処置をつけるものであるから、その本質は一種の処分である」として、裁判も81条の対象となることを認めました(最大判昭和23年7月8日)。
つまり、下級裁判所の裁判が憲法に違反する場合、上級審において違憲審査の対象となり得るということです。一方で、立法行為そのもの(国会の議決手続など)が「処分」に含まれるかという形ではなく、後述する立法不作為の違憲・国家賠償という形で問題となる点に注意してください。
付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制の違い
違憲審査制の類型は、この記事で最も出題される論点です。両者の違いは、突き詰めると「何をきっかけに、誰が、どんな効力を持つ判断をするのか」という3点に集約されます。
比較表|審査の契機・担当機関・判決の効力
3つの軸を1本の線でつなぐ
この表は丸暗記するものではなく、「審査の契機」が決まれば残り2つも決まるという因果関係で覚えるのが最短です。
付随的違憲審査制は、審査の契機を「具体的事件」に限定します。すると審査は事件解決の手段にすぎないので、事件を扱う通常の裁判所が担当するのが自然です(担当機関)。そして事件解決のための判断である以上、その効力も当該事件の当事者にしか及びません(個別的効力)。逆に抽象的違憲審査制は、契機を事件から切り離すため、事件を扱わない専門機関=憲法裁判所を別に設ける必要があり、その判断は特定の当事者ではなく法律そのものに向けられるので一般的効力を持つ、という流れになります。
よくある混同|「違憲審査基準」とは別の話
学習初期に混同しやすいのが、違憲審査「制」(制度の類型)と違憲審査「基準」(厳格審査・厳格な合理性の基準など)の区別です。前者は「誰がどういうきっかけで審査するのか」という制度論、後者は「審査するとして、どれくらい厳しく合憲性を判断するのか」という基準論です。付随的違憲審査制のもとでも厳格審査基準は使われますし、抽象的違憲審査制でも同様です。試験では別々の問題として問われるので、頭の中の引き出しを分けておきましょう。
具体例で見る|それぞれの制度はどう動くか
付随的違憲審査制では、違憲審査はあくまで「具体的な事件を解決するための手段」として行われます。たとえば、ある刑罰法規で起訴された被告人が「その法律は違憲だ」と主張し、裁判所がその刑事事件を解決するためにその法律の合憲性を判断する、という構造です。違憲審査は事件解決に「付随」してなされるため、付随的違憲審査制と呼ばれます。訴訟の形も、刑事事件・国家賠償請求・処分の取消訴訟など、既存の訴訟類型の中で憲法上の主張を持ち出す形になります。
これに対し、抽象的違憲審査制では、具体的な事件がなくても、法律そのものの合憲性を審査することができます。ドイツの連邦憲法裁判所のように、一定の機関(政府や議会の一部議員など)が成立したばかりの法律の合憲性を直接争うことができ、違憲とされればその法律は一般的に効力を失います。被害者が現れるのを待たずに、法律の段階で憲法違反を除去できるのが特徴です。
この違いは、後述する「違憲判決の効力」の論点(個別的効力説か一般的効力説か)と直結します。付随的違憲審査制では事件限りの解決が原則となるため個別的効力説と親和的であり、抽象的違憲審査制では法律そのものを無効にするため一般的効力が当然の前提となるという関係です。
日本は付随的違憲審査制
日本国憲法が採用しているのは付随的違憲審査制です。これは通説・判例の立場であり、以下の根拠に基づきます。
付随的違憲審査制を採用していると解する根拠
- 憲法76条1項: 「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」とあり、司法権の行使として違憲審査を行う
- 81条の位置づけ: 81条は第6章「司法」の章に置かれており、司法権の作用として違憲審査権を定めている
- 司法権の定義: 司法権とは「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することにより、これを裁定する国家作用」であり、具体的事件性を前提とする
- アメリカ型の継受: 日本国憲法がアメリカ憲法の影響のもとに制定された経緯
81条を抽象的審査の根拠とする少数説
なお、学説の一部には、81条は司法裁判所に抽象的違憲審査権をも認めた規定であると解する見解(抽象的審査制説)も存在します。この説は、81条が独立の章ではなく司法の章に置かれていても、特別の権限として抽象的審査を授権したものと読めるとします。しかし、次章で扱う警察予備隊事件で最高裁がこの立場を明確に否定したため、現在では通説・判例ともに付随的違憲審査制を前提としています。試験では「日本は抽象的違憲審査制を採用している」という肢は誤りとなります。
警察予備隊事件(最大判昭和27年10月8日)|違憲審査制の性格を確定させた判例
日本の違憲審査制が付随的違憲審査制であることを判例として確定させたのが、警察予備隊違憲訴訟(警察予備隊事件)です。統治分野で最頻出の判例なので、事案・判旨・意義の3点セットで押さえてください。
事案|最高裁に直接、法律の無効確認を求めた
日本社会党の代表者であった鈴木茂三郎が、警察予備隊(後の自衛隊の前身にあたる組織)の設置および維持に関する一切の行為の無効確認を求めて、最高裁判所に直接訴えを提起しました。通常の訴訟のように地方裁判所から始めたのではなく、いきなり最高裁に提訴した点が特徴です。
原告の主張の核心は、憲法81条は最高裁判所に対し、具体的事件と切り離して法令の合憲性を判断する特別の権限(抽象的違憲審査権)を与えたものであり、最高裁は第一審にして終審の憲法裁判所として機能できる、というものでした。つまりこの訴訟は、実質的に「日本の裁判所は憲法裁判所になれるか」を正面から問うたものだったのです。
判旨|司法権の発動には具体的な争訟事件が必要
最高裁判所は、次のように判示して訴えを却下しました(請求を棄却したのではなく、そもそも審理の対象にならないとして門前払いにした点に注意)。
わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり、そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする。我が裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない。
― 最大判昭和27年10月8日(警察予備隊違憲訴訟)
さらに最高裁は、憲法81条は最高裁判所が違憲審査に関する終審裁判所であることを明らかにした規定であって、司法権の範囲外にまで及ぶ権限を与えたものではない、という趣旨を述べています。具体的事件を離れて抽象的に法律の合憲性を審査する権限は、最高裁判所にもないというのが結論です。
出題ポイント: 「却下」であって「棄却」ではありません。訴訟要件を欠くため本案の判断に入らなかった、という構造を理解しておくと、行政法の訴訟要件論(訴えの利益や原告適格)とも接続できます。
意義|「憲法問題だけを裁判所に持ち込む」ことはできない
この判決の意義は、次の3点にまとめられます。
- 付随的違憲審査制の確定: 日本の裁判所は、具体的な事件・争訟を前提としてのみ違憲審査を行う。81条を根拠に抽象的審査権を導く少数説は、判例上は否定された。
- 最高裁=憲法裁判所ではないことの確認: 最高裁判所は違憲審査の終審裁判所ではあるが、ドイツ連邦憲法裁判所のような独立の憲法裁判所ではない。
- 憲法訴訟の入口が「事件」であることの確立: 憲法上の主張は、何らかの具体的な権利義務をめぐる紛争の中でしか持ち出せない。以後の憲法訴訟は、民事・刑事・行政事件という「器」を通じて争われることになった。
3点目は実務的にも大きな意味を持ちます。たとえば「この法律は表現の自由を侵害している」と考えても、それだけでは訴えられません。実際に処分を受ける、起訴される、あるいは損害を被るといった具体的な紛争を作り出したうえで、その中で違憲を主張することになります。日本の憲法訴訟が国家賠償請求や行政処分の取消訴訟の形をとることが多いのは、この構造に由来します。
日本国憲法のもとでは、最高裁判所は具体的な訴訟事件が提起されなくても、法律が憲法に適合するかどうかを審査する権限を有する。
法律上の争訟|違憲審査の前提となる事件性
法律上の争訟とは
付随的違憲審査制の前提として、違憲審査は「法律上の争訟」の中でのみ行われます。裁判所法3条1項は次のように定めています。
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
― 裁判所法 第3条第1項
判例によれば、「法律上の争訟」とは、(1)当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、(2)法律を適用することにより終局的に解決できるもの、をいいます(最判昭和56年4月7日・板まんだら事件など)。この2要件を欠く場合には、そもそも裁判所が審理判断できず、当然に違憲審査も行われません。
法律上の争訟にあたらない例
- 抽象的に法令の解釈・効力を問うもの: 警察予備隊違憲訴訟のように、具体的紛争を離れて法令の合憲性だけを問う訴え。
- 学問上・技術上の論争: 国家試験の合格・不合格の判定の当否など、学問的・技術的判断にとどまるもの(最判昭和41年2月8日・技術士国家試験事件)。
- 宗教上の教義をめぐる争い: 寄付金返還請求の前提として宗教上の価値や教義の判断が必要となり、それが請求の核心をなす場合(板まんだら事件)。
これらの論点は、違憲審査制そのものというより「司法権の範囲・限界」の論点として出題されますが、付随的違憲審査制の理解とセットで押さえておくと理解が深まります。
法令違憲と適用違憲の違い|違憲判断の2つの型
裁判所が「違憲だ」と判断するとき、その判断が法令の条文そのものに向けられているのか、それともその事件での使われ方に向けられているのかで、意味も影響範囲もまったく変わります。これが法令違憲と適用違憲の区別です。
比較表|何を違憲とするのか
押さえるべき一言: 法令違憲は「この条文がダメ」、適用違憲は「この条文自体はよいが、この使い方がダメ」です。したがって適用違憲の判決が出ても、その法令は他の場面ではなお有効に適用されます。
法令違憲
法令(法律の規定)そのものが憲法に違反すると判断する方法です。法令違憲の判決が出された場合、当該法律の規定は事実上適用できなくなります(もっとも、日本の付随的違憲審査制のもとでは、判決の法的効力は当該事件限りというのが通説です。詳しくは後述の「違憲判決の効力」で扱います)。
法令違憲と判断された代表的な判例
法令違憲の判決は、最高裁判所の歴史上それほど多くありません。ここでは違憲判断の「型」を理解するための代表例に絞りましたが、最高裁が法令違憲とした判決の網羅的な一覧と、法令以外(処分・公金支出など)が違憲とされた判例を含めた全体像は、最高裁の違憲判決一覧で年代順・権利別に整理しています。 判例のリストを頭に入れる作業はそちらに任せ、この記事では違憲審査の仕組みの理解に集中してください。
テーマ別に深掘りするなら、平等原則の系統は法の下の平等(14条)で尊属殺重罰規定・非嫡出子相続分・再婚禁止期間・国籍法をまとめて確認できます。経済的自由の系統では、職業の自由が問題となった薬局距離制限事件と、財産権が問題となった森林法共有林事件が二本柱です。とくに森林法共有林事件は、規制目的二分論を採らず比較衡量的アプローチで手段の合理性を否定した点が薬局距離制限事件との対比で問われるため、両者をセットで理解しておくと得点源になります。選挙権の系統は在外日本人選挙権訴訟で判旨を確認できます。
適用違憲
法令自体は合憲であるが、当該事件への適用の仕方が違憲であると判断する方法です。法令の規定そのものを無効にするのではなく、特定の事件における法令の適用が憲法に違反するとするものです。
適用違憲の判断は、法令違憲よりも限定的な影響にとどまるため、裁判所が法令自体の効力に踏み込むことを避けつつ当事者の権利を救済する手法として用いられることがあります。
適用違憲の代表例(下級審): 公務員の政治活動を処罰した猿払事件の第一審判決(旭川地判昭和43年3月25日)は、国家公務員法・人事院規則の罰則を、非管理職の現業公務員が勤務時間外に行った政治的行為にまで適用することは憲法21条・31条に違反するとして、被告人を無罪としました。法令そのものを違憲としたのではなく、当該事案への適用を違憲とした典型例です。ただし最高裁(最大判昭和49年11月6日)はこれを覆し、当該規制を合憲としたうえで有罪の趣旨の判断を示しました。「猿払事件=適用違憲」と短絡すると誤りになるので、審級ごとの結論を分けて記憶してください。
適用違憲と混同しやすい2つの手法
適用違憲の周辺には、似て非なる処理がいくつかあります。試験ではこの区別が問われます。
合憲限定解釈は「違憲判断をしない」ための技法である点が、適用違憲との決定的な違いです。合憲限定解釈をすれば法令は合憲と判断されるため、そもそも違憲判決は出ません。一方、処分違憲は法令の合憲性には触れず、具体的な国家行為だけを違憲とします。政教分離の判例(津地鎮祭事件、愛媛玉串料訴訟)が処分違憲の舞台になりやすいのは、そこで問題となるのが法律ではなく個々の公金支出だからです。
法令違憲と適用違憲の使い分け
裁判所が法令違憲と適用違憲のどちらを選ぶかには、いくつかの考慮があります。法令そのものに違憲の瑕疵がある場合(規定の文言自体が不合理な差別を生むなど)は法令違憲となりますが、法令自体は合理的でも、特定の場面での運用・適用が憲法上の権利を侵害する場合には適用違憲が選ばれます。
適用違憲を選ぶ背景には、「憲法判断回避の準則」という考え方があります。裁判所は、事件の解決に必要でない限り憲法判断(とりわけ法令違憲の判断)に立ち入るべきではない、という自制の原則です。この準則には2つのレベルがあります。
- 憲法判断そのものを回避する: 法令の解釈など憲法以外の理由で事件を解決できるなら、憲法問題には触れない。自衛隊の通信線切断が問題となった恵庭事件の第一審判決(札幌地判昭和42年3月29日)は、被告人の行為が自衛隊法121条の構成要件に該当しないとして無罪とし、憲法9条についての判断に立ち入りませんでした。
- 憲法判断はするが、法令違憲は回避する: 憲法判断が避けられない場合でも、合憲限定解釈や適用違憲で処理し、法令そのものを違憲とすることは避ける。
この準則は、付随的違憲審査制と表裏の関係にあります。違憲審査が事件解決の手段である以上、事件の解決に不要な範囲まで憲法判断を広げるのは越権だ、という発想です。抽象的違憲審査制であれば、そもそも法令の合憲性判断が目的なので、このような自制は必要ありません。
試験では「適用違憲=法令を無効にする」という誤解が問われやすいので、適用違憲はあくまで当該適用の限度で違憲とするものである点を押さえてください。
よくある誤解|違憲判断の方法をめぐって
- 誤解1: 「最高裁が違憲と判断すると、その法律は自動的に廃止される」→ 違憲判決には法律を廃止する効力はありません。廃止(改正)は国会の立法作用によります。違憲判決はあくまで当該法律を当該事件で適用しないという司法判断です。
- 誤解2: 「適用違憲も法令違憲も効力は同じ」→ 法令違憲は法令の規定そのものを憲法違反とするのに対し、適用違憲は当該事件への適用に限って違憲とするもので、射程が異なります。
- 誤解3: 「下級裁判所は違憲判断をしてはいけない」→ 下級裁判所も違憲審査権を持ち、法令違憲・適用違憲のいずれの判断も行えます。
違憲判決の効力|個別的効力説と一般的効力説
「最高裁が違憲と言えば、その法律は消えるのか」――この問いに対する答えが、違憲判決の効力論です。結論から言えば、通説は個別的効力説であり、違憲判決によって法律が消えるわけではありません。
二つの学説の対立
条文で確認しておくと、憲法98条1項は次のように定めています。
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
― 日本国憲法 第98条第1項
一般的効力説は、この「その効力を有しない」という文言を、違憲な法律は当然に無効であることの根拠と読みます。これに対して個別的効力説は、98条1項は憲法の最高法規性という原則を宣言したものであり、誰がどのような手続でその無効を確定させるかは別問題だと考えます。そして、裁判所が法律を一般的に失効させることは実質的に「法律を廃止する」ことにほかならず、憲法41条が国会を唯一の立法機関とした趣旨に反する、と批判するのです。
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
― 日本国憲法 第41条
出題ポイント: 「個別的効力説=付随的違憲審査制と結びつく」「一般的効力説=抽象的違憲審査制と結びつく」という対応関係を押さえておけば、根拠を暗記しなくても導けます。日本は付随的違憲審査制を採るのだから、効力も個別的にとどまるのが筋、という理解です。
法的効力と事実上の効力
個別的効力説に立つと、最高裁が法令違憲の判決を下しても、その法律は形式的にはなお存在し続けます。しかし実際には、次のような形で違憲判決は強い影響力を持ちます。
- 国会による改廃: 最高裁が法令違憲の判決を下した場合、国会はその趣旨を尊重して法律を改正・廃止することが通例です(尊属殺重罰規定の刑法200条が削除されたのは違憲判決から約20年後の平成7年でしたが、実務上は違憲判決後ただちに適用されなくなりました)。
- 行政・検察の対応: 行政機関は違憲とされた規定を適用しなくなります。尊属殺重罰規定事件の後、検察は尊属殺人について刑法200条ではなく普通殺人罪の規定で起訴する運用をとりました。
- 下級裁判所の対応: 下級裁判所も最高裁の判断を尊重するため、同種の事案では同じ結論が導かれます。結果として、事実上は一般的効力に近い効果を生じます。
このように、法的には個別的効力にとどまりつつ、運用上は一般的効力に近い実効性を持つというのが、日本の違憲審査制の特徴です。試験でこの点が問われたときは、「法的効力」と「事実上の効果」を分けて答えるのが正解の型になります。
なお、裁判所法4条は「上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する」と定めています。ここでも拘束力は「その事件について」に限定されており、個別的効力説と整合的な建付けになっている点は押さえておくとよいでしょう。
違憲判断は大法廷でしかできない(裁判所法10条)
違憲判断の手続面にも、試験で問われるルールがあります。裁判所法10条は、次の場合には小法廷では裁判をすることができない(=大法廷で審理・裁判しなければならない)と定めています。
一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)
二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。
― 裁判所法 第10条ただし書
法令違憲の判例が「最大判(最高裁大法廷判決)」と表記されるのは、この規定によるものです。判例の表記を見て「大法廷か小法廷か」を意識すると、違憲判断や判例変更が行われた事件かどうかを見分けられます。逆に、部分社会の法理で見た富山大学事件(最判昭和52年3月15日)や共産党袴田事件(最判昭和63年12月20日)が小法廷判決であるのは、違憲判断でも判例変更でもないからです。
違憲判決の遡及効と法的安定性への配慮
違憲判決の効力をいつから生じさせるか(過去にさかのぼるか、将来に向かってのみ効力を認めるか)という論点もあります。違憲の効果を過去に徹底して及ぼすと、すでに確定した法律関係が次々にひっくり返り、社会が混乱しかねないからです。判例は、次のように法的安定性に配慮した処理を行ってきました。
- 事情判決の法理(議員定数不均衡訴訟): 最高裁は議員定数配分規定を違憲としつつも、選挙そのものを無効とすると議員が存在しない状態を招くなど著しい混乱が生じるため、行政事件訴訟法31条1項が定める事情判決の制度に含まれる一般的な法の基本原則を援用して、選挙は無効としない(違法を宣言するにとどめる)という処理を行いました(最大判昭和51年4月14日)。
- 確定した法律関係への配慮(非嫡出子相続分違憲決定): 民法900条4号ただし書を違憲とした最大決平成25年9月4日は、この違憲判断が、すでに遺産分割の審判や合意等によって確定的なものとなった法律関係にまで影響を及ぼすものではない、という趣旨を明示しました。違憲判断の遡及効を自ら限定した例として重要です。
違憲の効果を画一的に貫くのではなく、法的安定性に配慮した柔軟な処理がなされている点を押さえておきましょう。
通説(個別的効力説)によれば、最高裁判所が法律を違憲と判断しても、その法律が当然に廃止されるわけではない。
司法権の限界|違憲審査が及ばない4つの領域
ここまでは「日本の違憲審査制はどういう仕組みか」を見てきました。次は「どこまで審査できるのか」という限界の問題に進みます。付随的違憲審査制のもとでは、そもそも法律上の争訟がなければ違憲審査は始まりませんが、法律上の争訟にあたる場合でも、なお裁判所が審査を控える領域があります。これが司法権の限界です。
司法権の限界の全体像
司法権の限界は、次の4つの類型に整理すると見通しがよくなります。
この4類型は、憲法の「司法権」の全体像の中に位置づけると理解しやすくなります。 より広い文脈は司法権の独立と限界で、統治機構全体の中での裁判所の位置づけは統治機構の全体像で確認できます。
なお、これら4つの手前に「そもそも法律上の争訟にあたらない」という関門があります(前述の板まんだら事件など)。争訟性の有無は司法権の範囲の問題、統治行為論などは司法権の限界の問題として区別する整理が一般的です。試験ではどちらも「司法権の限界」というくくりで出題されることが多いので、両方を1枚の表で押さえておきましょう。
統治行為論|司法権の限界(1)
統治行為論とは
統治行為論とは、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為については、法律上の争訟として裁判所が判断を下すことが可能であっても、その高度な政治性ゆえに司法審査の対象としないとする理論です。
統治行為論は、三権分立の原理に基づき、高度な政治判断を裁判所ではなく政治部門(国会・内閣)に委ねるべきとする考え方です。
統治行為論の根拠|なぜ司法審査を控えるのか
統治行為論を基礎づける考え方には、大きく二つの系統があります。
苫米地事件の判旨は、政治的責任を負わない裁判所がこの種の問題を判断するのは適当でないという自制的な発想を前面に出しています。一方で、統治行為論を無制限に認めると、憲法保障としての違憲審査制が空洞化する危険があるため、学説では統治行為論の適用範囲を厳格に限定すべきとの主張も有力です。
砂川事件(最大判昭和34年12月16日)
事案: 在日米軍の基地拡張に反対するデモ隊が基地内に立ち入り、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反に問われた事件。米軍の駐留が憲法9条2項にいう「戦力の保持」に該当するか、ひいては日米安全保障条約が合憲かが争われました。
判旨: 最高裁判所は、日米安全保障条約のような行為について次のように判示しました。
主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである。
― 最大判昭和34年12月16日(砂川事件)
ポイント: 砂川事件は完全に司法審査の対象外とするのではなく、「一見極めて明白に違憲無効」の場合には司法審査が及ぶとする限定付きの統治行為論を採用しています。なお、砂川事件の判旨は純粋な統治行為論というより、条約の高度の政治性に着目した変則的な統治行為論(一部に裁量論を含む)と評価されることもあります。
苫米地事件(最大判昭和35年6月8日)
事案: 衆議院の解散(いわゆる「抜き打ち解散」)の合憲性が争われた事件。解散により議員資格を失った苫米地義三が、解散は憲法7条のみを根拠とするもので違憲・無効であるとして、議員の地位確認と歳費の支払を求めました。
判旨: 最高裁判所は、次のように判示しました。
直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。
― 最大判昭和35年6月8日(苫米地事件)
砂川事件との違い: 苫米地事件では、砂川事件のような「一見極めて明白に違憲無効」という留保を付けておらず、より徹底した(純粋な)統治行為論を展開しています。衆議院の解散という統治行為そのものを正面から司法審査の対象外としました。
砂川事件と苫米地事件の比較
この二つの判例の違い(とくに「一見明白に違憲無効」の留保の有無)は、択一式で繰り返し問われる最重要ポイントです。
砂川事件において最高裁判所は、日米安全保障条約について一切の司法審査が及ばないと判示した。
部分社会の法理|司法権の限界(2)
部分社会の法理とは
部分社会の法理とは、自律的な法規範を有する団体(部分社会)の内部問題については、その団体の自律的な判断に委ねるべきであり、原則として裁判所の司法審査の対象とならないとする法理です。ただし、一般市民法秩序と直接関係する問題については司法審査が及ぶとされます。
統治行為論が「高度の政治性」を理由とする司法権の限界であるのに対し、部分社会の法理は「団体の自律性の尊重」を理由とする司法権の限界です。両者は司法権の限界という点で共通しますが、根拠が異なる点を区別しておきましょう。
部分社会の法理が問題となる団体
部分社会の法理は、地方議会・大学・政党・労働組合・弁護士会・宗教団体など、自律的な法規範を持つ団体一般について問題となります。判断の分かれ目は、争われている事項が団体内部の自律的運営の問題にとどまるか、それとも一般市民法秩序と直接関係するかという点です。後者であれば司法審査が及びます。
富山大学事件(最判昭和52年3月15日)
事案: 大学が学生に対して行った単位不認定処分の取消しを求めた事件。
判旨: 最高裁判所は、「大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり、法律に格別の規定がない場合でも、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し、これによって在学する学生を規律する包括的権能を有する」としたうえで、単位の授与・認定は純然たる大学内部の問題であるとして、司法審査の対象外としました。
ただし、退学処分のように学生の身分を剥奪する重大な措置については、一般市民法秩序と直接の関係を有するため、司法審査の対象となると判示しました。同じ大学の処分でも、単位不認定(対象外)と退学処分(対象)で結論が分かれる点が、本判例最大のポイントです。
共産党袴田事件(最判昭和63年12月20日)
事案: 政党(日本共産党)が党員(袴田里見)に対して行った除名処分の効力が、党が貸与していた家屋の明渡請求の前提として争われた事件。
判旨: 最高裁判所は、次のように判示しました。
政党の結社としての自主性にかんがみると、……政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、……当該処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であつても、その処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則つてされたか否かによつて決すべきである。
― 最判昭和63年12月20日(共産党袴田事件)
すなわち、政党内部の処分が一般市民法秩序と関係する場合でも、裁判所の審査は手続の適正さに限られ、処分の実体的当否そのものには立ち入らないという、政党の自主性を強く尊重した判断です。
地方議会の議員出席停止処分
地方議会の議員に対する出席停止処分については、従来は部分社会の法理により司法審査の対象外とされてきましたが(最大判昭和35年10月19日)、最大判令和2年11月25日において判例変更がなされ、出席停止処分は司法審査の対象となると判断されました。
令和2年判決は、出席停止の懲罰は議員としての中核的な活動(住民の負託を受けて議事に参与し議決に加わる権能の行使)を妨げ、議員報酬の減額を伴うこともあるなどとして、その適否は司法審査の対象となるとしました。地方議会の自律性を尊重しつつも、議員の権利・職責への影響を重視して司法審査を肯定したものです。この判例変更は近年の試験で出題される可能性があるため、注意が必要です。
なお、地方議会の議員に対する除名処分は、議員の身分を失わせる重大な措置であるため、判例変更前から一貫して司法審査の対象とされてきました。
部分社会の法理のまとめ
大学の内部問題については、学問の自由と大学の自治の論点とも重なります。大学の自治という憲法23条の保障が、部分社会の法理による司法審査の抑制を根拠づけている面があるためです。
議院・国会の自律権|司法権の限界(3)
議院の自律権とは
各議院は、その組織や運営について自ら決定する権能(自律権)を持ちます。憲法は、議院規則の制定権と議員の懲罰権(58条2項)、議員の資格争訟の裁判権(55条)などを各議院に与えており、これらの事項については議院の自主的な判断が尊重され、裁判所の審査は及ばないと解されています。
統治行為論が「高度の政治性」、部分社会の法理が「団体の自律性」を理由とするのに対し、議院の自律権は権力分立を直接の根拠とする司法権の限界です。国会という対等な国家機関の内部運営に司法権が介入することは、権力分立の原理に反すると考えられています。
警察法改正無効事件(最大判昭和37年3月7日)
事案: 新警察法が、参議院の会期延長をめぐって議場が混乱するなかで可決・成立したことから、その議事手続には瑕疵があり法律は無効であるとして、同法に基づく地方公共団体の経費支出の効力が争われた事件です。
判旨: 最高裁判所は、同法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべきであり、法律制定の議事手続に関する事実を審理してその有効・無効を判断すべきではない、という趣旨を判示しました。
出題ポイント: 「法律の議事手続の瑕疵は裁判所が審査できない」という結論とともに、その理由が議院の自律権の尊重である点を押さえてください。統治行為論(高度の政治性)と混同した選択肢が作られやすい箇所です。
議員の懲罰・資格争訟
議院が所属議員に対して行う懲罰(58条2項)や、議員の資格に関する争訟の裁判(55条)も、憲法が各議院に委ねた事項であり、裁判所の審査は及ばないと解されています。
ここで注意したいのが、国会議員に対する処分と地方議会議員に対する処分の扱いの違いです。国会議員の懲罰は憲法が明文で各議院に委ねているため司法審査が及びませんが、地方議会の議員に対する出席停止処分については、前述のとおり最大判令和2年11月25日が司法審査の対象となると判断しました。憲法上の根拠の有無が結論を分けている、と整理しておくと混同を防げます。地方議会の位置づけについては地方自治の基本原則も参照してください。
立法裁量・行政裁量|司法権の限界(4)
裁量が広い領域では違憲審査が緩やかになる
司法権の限界の4つ目は、統治行為論や自律権のように審査を完全に排除するものではなく、審査はするが、判断枠組みを緩やかにするというタイプの限界です。裁判所は、政策的判断や専門技術的判断を必要とする領域では、立法府・行政府の裁量を広く認め、「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用にあたる場合」に限って違憲・違法とする、という審査に後退します。
堀木訴訟(最大判昭和57年7月7日)|立法裁量
事案: 障害福祉年金を受給していた原告が児童扶養手当を請求したところ、併給禁止規定を理由に認められなかったため、この規定が憲法25条・14条1項に違反すると主張した事件です。
判旨: 最高裁判所は、憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」はきわめて抽象的・相対的な概念であり、その趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府の広い裁量に委ねられているとして、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しないと判示しました。結論として併給調整規定を合憲としています。
生存権をめぐる判例の流れは生存権と社会権や堀木訴訟の解説で確認できます。プログラム規定説・抽象的権利説といった学説との関係も、あわせて整理しておくと理解が深まります。
マクリーン事件(最大判昭和53年10月4日)|行政裁量
事案: 在留期間の更新を申請したアメリカ国籍の外国人が、在留中の政治活動などを理由に更新を認められなかったため、その不許可処分の取消しを求めた事件です。
判旨: 最高裁判所は、外国人の入国・在留の許否は国家の裁量に委ねられているとしたうえで、法務大臣の在留期間更新の判断について広範な裁量を認め、その判断が全く事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限って裁量権の逸脱・濫用として違法となる、と判示しました。あわせて、外国人にも憲法の基本的人権の保障は権利の性質上日本国民のみを対象とするものを除き及ぶとしつつ、外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎないという有名な判断を示しています。
詳細はマクリーン事件と外国人の人権、裁量統制の観点からは行政裁量の司法審査を参照してください。
裁量論は「審査しない」ではない
統治行為論との違いに注意してください。統治行為論は司法審査の対象そのものから外す(門を閉じる)議論ですが、裁量論は審査の対象にはするが、違憲・違法とする基準を高く設定する議論です。したがって裁量が認められる場面でも、逸脱・濫用があれば違憲・違法とされる余地は残っています。実際、行政裁量の分野では裁量権の逸脱・濫用を理由に処分が取り消された判例が多数存在します。
法律の制定過程における議事手続に瑕疵があるかどうかは、裁判所の審査の対象となる。
立法不作為の違憲|在外邦人選挙権事件
立法不作為の違憲とは
立法不作為とは、国会が憲法上必要とされる立法を行わないこと、または不十分な立法しか行わないことをいいます。立法不作為が違憲かどうかは、(1)違憲かどうかという憲法判断の問題と、(2)国家賠償法上の違法となるかという問題に分けて考えると整理しやすくなります。判例は、両者を区別したうえで、一定の場合に立法不作為について国家賠償責任を認めています。
在外邦人選挙権事件(最大判平成17年9月14日)
事案: 海外に居住する日本国民が、在外選挙制度が選挙区選挙について投票を認めていなかったことについて、立法不作為の違憲確認と国家賠償を求めた事件。
判旨: 最高裁判所は、以下のように判断しました。
- 選挙権の制限は原則として許されない: 「国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」
- 在外選挙を認めないことは違憲: 在外国民の選挙権の行使を制限したことについて「やむを得ない事由があるとは到底いうことができない」として違憲と判断
- 立法不作為の国家賠償責任を肯定: 「国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題」であるとし、本件では国家賠償責任を認めた
この判決は、立法不作為について国家賠償責任を認めた画期的な判例として、行政書士試験でも頻出です。
立法不作為と国家賠償|判例の流れ
立法不作為の国家賠償をめぐる判例は、次のように整理できます。
- 在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日): 国会議員の立法行為が国家賠償法上違法となるのは、容易に想定し難いような「例外的な場合」に限られるとし、極めて限定的な立場を示しました。
- 在外邦人選挙権事件(最大判平成17年9月14日): 上記の例外的場合の判断枠組みを引き継ぎつつ、立法の内容が憲法上保障された権利を違法に侵害することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃を怠った場合などには、例外的に国家賠償法上違法となるとして、本件で初めて立法不作為の国家賠償責任を肯定しました。
- 在外邦人国民審査権事件(最大判令和4年5月25日): 在外国民が最高裁判所裁判官の国民審査に投票できないことを違憲とし、立法不作為について国家賠償責任を認めました。
これらは、行政法(国家賠償法1条1項の「違法」)の論点とも重なるため、憲法と行政法を横断して理解しておくと得点源になります。
条約の違憲審査
条約は違憲審査の対象か
憲法81条は違憲審査の対象として「法律、命令、規則又は処分」を列挙していますが、条約を明示していません。条約が違憲審査の対象となるかについては学説の争いがあります。
通説(肯定説)は条約も違憲審査の対象となるとしつつ、砂川事件判決のように高度な政治性を有する条約については統治行為論により実際の審査は制限されるという立場です。
条約と憲法の優劣(条約優位説・憲法優位説)
条約の違憲審査の前提として、「条約と憲法のどちらが上位か」という論点があります。
- 憲法優位説(通説): 憲法は国の最高法規であり(98条1項)、憲法改正には厳格な手続(96条)が必要であるのに対し、条約締結は通常の手続で行われることなどから、憲法が条約に優位するとします。この立場では、条約も憲法に反することはできず、違憲審査の対象となり得ます。
- 条約優位説: 98条2項が条約の誠実遵守を定めていることや、前文の国際協調主義などを根拠に、条約が憲法に優位するとします。この立場では条約の違憲審査は否定的になります。
通説は憲法優位説であり、これを前提に条約の違憲審査肯定説が導かれます。砂川事件で最高裁が日米安全保障条約について「一見極めて明白に違憲無効」の場合には審査が及び得るとしたことも、条約が違憲審査の対象となり得ることを前提とした判断と理解されています。
憲法81条は違憲審査の対象として「条約」を明文で列挙している。
過去問で問われる角度・頻出論点の整理
出題されやすい「ひっかけ」のパターン
横断整理|司法権の範囲と限界を1枚に
司法権について裁判所が判断しない領域は、「そもそも司法権の範囲外なのか」「範囲内だが限界として審査を控えるのか」を分けて整理すると混乱しません。
違憲審査制の論点は、このうち「統治行為」「部分社会の法理」と密接に関わります。司法権の範囲・限界の全体像の中に違憲審査制を位置づけて理解すると、横断的な出題にも対応できます。
憲法81条まわりで押さえる条文リスト
違憲審査制の問題は、単独の条文ではなく複数の条文の組み合わせで問われます。次の条文はセットで確認しておきましょう。
まとめ
違憲審査制は、憲法の統治分野の中核をなすテーマです。判例の事案と判旨を正確に理解し、各論点の違いを横断的に整理しておくことが、択一式での確実な得点につながります。最後に学習の優先順位を確認しておきましょう。
択一式で頻出のポイント
- 日本の違憲審査制は付随的違憲審査制であること(警察予備隊事件)
- 下級裁判所も違憲審査権を行使できること(81条は終審を定めたにすぎない)
- 付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制の違い(審査の契機・担当機関・判決の効力の3軸)
- 法令違憲と適用違憲の違い(何を違憲とするのか、射程の広さ)
- 統治行為論の二つの判例(砂川事件と苫米地事件)の違い(「一見明白に違憲無効」の留保の有無)
- 部分社会の法理の各場面における司法審査の可否(とくに令和2年の判例変更)
- 議院の自律権による限界(警察法改正無効事件は統治行為論ではない)
- 立法不作為の違憲と国家賠償責任(在外邦人選挙権事件・在外邦人国民審査権事件)
- 条約の違憲審査に関する学説(憲法優位説と肯定説)の整理
- 違憲判決の効力(個別的効力説と一般的効力説、事実上の効力)
学習の優先順位
- 最優先: 付随的違憲審査制の意味と警察予備隊事件、下級裁判所の違憲審査権、付随的と抽象的の違い
- 高優先: 統治行為論(砂川事件・苫米地事件)、部分社会の法理(令和2年判例変更を含む)、法令違憲と適用違憲の区別
- 中優先: 違憲判決の効力(個別的効力説)、立法不作為の違憲と国家賠償、議院の自律権
- 低優先: 条約の違憲審査、違憲判決の遡及効、裁量論の細部
よくある質問(FAQ)
日本の違憲審査制はどのような制度ですか
日本は付随的違憲審査制を採用しています。裁判所は、具体的な訴訟事件(法律上の争訟)が提起され、その事件を解決するために必要な限度でのみ、法令の憲法適合性を審査します。憲法問題だけを取り出して裁判所に判断を求めることはできません。この点を確定させたのが警察予備隊事件(最大判昭和27年10月8日)で、最高裁は「司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする」として訴えを却下しました。
付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制の違いは何ですか
大きく3点です。第一に審査の契機で、付随的違憲審査制は具体的事件が必要ですが、抽象的違憲審査制は事件がなくても審査できます。第二に担当機関で、前者は通常の裁判所、後者は特別に設置された憲法裁判所が担当します。第三に判決の効力で、前者は当該事件限り(個別的効力)、後者は法律を一般的に無効にできます(一般的効力)。日本・アメリカが付随的違憲審査制、ドイツ・イタリア・韓国が抽象的違憲審査制の代表例です。
違憲審査ができるのは最高裁判所だけですか
いいえ、下級裁判所も違憲審査権を行使できます。憲法81条が「最高裁判所は…終審裁判所である」と定めているのは、違憲審査の最終判断権が最高裁にあるという審級構造を示したものであり、下級裁判所の違憲審査権を否定する趣旨ではありません。違憲審査は司法権の作用であり(76条1項)、司法権を行使する下級裁判所も当然に違憲審査権を持ちます。試験では「違憲審査権は最高裁判所のみが有する」という誤りの肢が定番です。
法令違憲と適用違憲はどう違うのですか
法令違憲は法令の規定そのものを違憲とする判断、適用違憲は当該事件への適用のしかたを違憲とする判断です。法令違憲は同種の事案すべてに影響が及ぶ広い射程を持ちますが、適用違憲は当該事件の適用場面に限られ、法令自体は合憲のまま存続します。「この条文がダメ」なのが法令違憲、「この条文はよいが、この使い方がダメ」なのが適用違憲、と覚えてください。なお、法令の合憲性に触れずに公金支出などの具体的行為を違憲とする処分違憲や、解釈で違憲部分を切り落とす合憲限定解釈とも区別が必要です。
違憲判決が出ると、その法律はどうなりますか
通説である個別的効力説によれば、違憲判決の効力は当該事件限りであり、法律が自動的に廃止・失効するわけではありません。法律の改廃はあくまで国会の立法作用に委ねられます。もっとも実務上は、違憲判決を受けて国会が法改正を行い、行政機関も当該規定の適用を控え、下級裁判所も最高裁の判断に従うため、事実上は一般的効力に近い効果を生じます。「法的効力は個別的、事実上の効果は一般的」という二段構えで理解しておくと、どちらの角度から問われても対応できます。
統治行為論とは何ですか。砂川事件と苫米地事件はどう違いますか
統治行為論とは、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為については、法律上の争訟にあたり法的判断が可能であっても、その高度の政治性ゆえに司法審査の対象としないとする理論です。両判例の最大の違いは留保の有無にあります。砂川事件(最大判昭和34年12月16日)は日米安全保障条約について「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは」司法審査の範囲外だとして、例外的に審査が及ぶ余地を残しました。これに対し苫米地事件(最大判昭和35年6月8日)は衆議院の解散についてそのような留保を付けず、より徹底した統治行為論を展開しています。
条約は違憲審査の対象になりますか
憲法81条は違憲審査の対象として「一切の法律、命令、規則又は処分」を挙げており、条約は明文で列挙されていません。しかし通説は、憲法優位説(憲法は国の最高法規であり、その改正には96条の厳格な手続が必要であるのに対し、条約締結は通常の手続で行われる)を前提に、条約も違憲審査の対象となると解しています。砂川事件で最高裁が日米安全保障条約について「一見極めて明白に違憲無効」の場合には審査が及び得るとしたことも、条約が違憲審査の対象となり得ることを前提とした判断と理解されています。
日本に憲法裁判所を作ることはできますか
現行憲法の解釈としては、法律を制定するだけで抽象的違憲審査を行う憲法裁判所を設けることはできない、というのが通説的な理解です。警察予備隊事件が示したとおり、裁判所の権限は司法権の行使に限られ、具体的事件を離れた抽象的審査は司法権の範囲外だと解されるからです。したがって、ドイツ型の憲法裁判所を導入するには憲法改正が必要になると考えられています。試験では「法律により最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与できる」といった肢の正誤が問われる可能性があるため、判例の立場を基準に判断してください。
違憲判断はどの裁判体で行われますか
最高裁判所が法令等の憲法適合性を判断する場合や、法令等が憲法に適合しないと認める場合には、大法廷で裁判をしなければなりません(裁判所法10条ただし書1号・2号)。判例変更にあたる場合も同様です(同3号)。法令違憲の判例が「最大判(最高裁大法廷判決)」「最大決(同決定)」と表記されるのはこのためです。判例の表記から、その事件で違憲判断や判例変更が行われたかどうかをある程度読み取れます。
演習で定着させる
憲法の判例問題では、統治行為論・部分社会の法理が働く場面と、違憲判決の効力が問われます。判旨を要約で覚えていると、結論は合っていても理由づけを入れ替えた肢に引っかかります。行政書士ブートラボの肢別演習では、判例の理由づけ部分を狙った肢を一問一答形式で確認できるので、関連判例をまとめて解くと判断の軸が安定します。
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