(公開 2026/02/11) / 行政法

行政行為の取消しと撤回|違いを比較表で整理

行政行為の取消しと撤回の違いを比較表で徹底整理。原始的瑕疵か後発的事情かという原因の違い、遡及効の有無、職権取消しと争訟取消しの区別、授益的行政行為の取消し・撤回の制限、撤回に法律の根拠は必要か(菊田医師事件)、撤回権の留保まで判例と条文で解説します。

結論|取消しと撤回の違いは「原因の時点」と「遡及効の有無」で決まる

先に結論からお伝えします。 行政行為の取消しと撤回は、①効力を失わせる原因がいつ発生したか、②効力がいつまで遡って消えるか、の2点で決定的に異なります。

取消し(職権取消し)撤回原因成立時に存在した瑕疵(原始的瑕疵。違法又は不当)成立後に生じた事情(後発的事情。義務違反・公益上の必要等)遡及効あり(行為時に遡って消滅=初めからなかった扱い)なし(将来に向かってのみ消滅)行う者処分庁+監督庁(多数説)原則として処分庁のみ法律の根拠不要(行政庁の本来的職責)明文がなくても可(判例。菊田医師事件)

覚え方はシンプルです。「最初から間違っていた=取消し=遡る」「後から事情が変わった=撤回=遡らない」。この対応関係さえ崩さなければ、択一式の大半の肢は処理できます。

そして、この記事でいう「取消し」は有効に成立した行政行為を後から消す話です。そもそも初めから効力がない「無効な行政行為」との区別(重大明白説)は別論点なので、行政行為の瑕疵|無効と取消しの違いと重大明白説で扱っています。本記事は「取消し」と「撤回」の対比に集中します。

以下では、この結論に至る理由、判例の正確な射程、そして試験で狙われるひっかけの型を順に解説します。

はじめに|取消しと撤回の区別が重要な理由

行政行為の「取消し」と「撤回」は、いずれも行政行為の効力を失わせる行為ですが、その法的な意味は大きく異なります。行政書士試験では、両者の区別が頻出であり、正確な理解が求められます。

日常用語では「取消し」も「撤回」もほぼ同じ意味で使われますが、行政法学上は以下のように厳密に区別されます。

  • 取消し(職権取消し): 行政行為の成立時に存在した瑕疵を理由に、その効力を失わせること
  • 撤回: 行政行為の成立時には瑕疵がなかったが、後発的な事由を理由に、その効力を失わせること

この区別は、単なる用語の使い分けではなく、効果(遡及効か将来効か)・法的根拠の要否・制限の内容といった具体的な法律効果の違いに直結します。両者を混同すると、行政行為論のほぼすべての論点で誤った結論を導いてしまうため、まずこの入口を正確に押さえることが学習の出発点となります。

行政行為の取消し・撤回は、行政行為の効力論(公定力・不可争力・不可変更力等)と並ぶ「行政行為総論」の中心テーマであり、択一式(5肢択一・多肢選択)で繰り返し出題されています。判例の射程や学説の対立がそのまま問われることも多く、暗記だけでなく「なぜそうなるのか」という制度趣旨の理解が得点に直結します。

本記事では、取消しと撤回のそれぞれについて、その意義、効果、制限を詳しく解説し、比較表で整理します。あわせて、頻出判例の事案・判旨・意義、過去問で問われた角度、受験生が陥りやすい誤解についても深掘りしていきます。

行政行為の取消し・撤回の全体像

効力を失わせる4つの態様

行政行為の効力が失われる場面を整理すると、その原因と主体の組み合わせから次の4つに大別できます。

態様原因主体法学上の呼称争訟取消し成立時の瑕疵裁判所・審査庁取消し職権取消し成立時の瑕疵行政庁(処分庁・監督庁)取消し撤回後発的事由原則として処分庁撤回失効期限の到来・対象の消滅等(行為を要しない)失効

このうち本記事の中心は職権取消し撤回です。両者はいずれも「行政庁が自らの判断で行政行為の効力を失わせる」点で共通しますが、効力を失わせる原因が「成立時にあったのか(取消し)」「あとから生じたのか(撤回)」という時点の違いが決定的です。

「失効」との区別

撤回と混同しやすいものに「失効」があります。失効とは、行政庁の特別な意思表示を要することなく、一定の事実の発生によって行政行為の効力が当然に消滅することをいいます。たとえば、許可に付された期限の到来、許可の対象物の消滅(許可を受けた建物の滅失等)、相手方の死亡などです。

撤回は行政庁の積極的な意思表示(撤回行為)を必要とするのに対し、失効はそうした行為を要しない点で異なります。試験では「後発的事由による効力消滅=すべて撤回」と早合点しないよう、失効との区別も意識しておきましょう。

職権取消しと争訟取消しの違い

「取消し」という言葉は、誰が・どういう手続で取り消すのかによって2種類に分かれます。取消しと撤回の対比に入る前に、まずこの内部の枝分かれを整理しておきましょう。ここを曖昧にしたまま学習を進めると、「取消しに法律の根拠は不要」という命題がどちらの取消しの話なのか分からなくなります。

誰が・どういう手続で取り消すのか

比較項目職権取消し争訟取消し取り消す者行政庁(処分庁・監督庁)審査庁(審査請求)/裁判所(取消訴訟)きっかけ行政庁自らの判断(申立て不要)私人の不服申立て・訴えの提起審査の対象違法+不当審査請求=違法+不当/取消訴訟=違法のみ期間制限明文の一般的制限なし審査請求期間・出訴期間の制限あり目的適法状態の回復(行政の自己統制)私人の権利利益の救済効果の及ぶ範囲行政庁の判断で全部・一部を選択争われた処分の全部又は一部の取消し

争訟取消しのうち審査請求については、行政不服審査法1条1項が制度の目的を次のように定めています。

この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。
― 行政不服審査法 第1条第1項

条文が「違法又は不当な処分」と明記している点が重要です。審査請求は違法だけでなく不当(裁量権行使の当・不当)も審査対象とするのに対し、裁判所の取消訴訟は司法権の作用として原則「違法」のみを審査します。この非対称は行政救済法の基本骨格であり、職権取消しが「違法+不当」を対象とすることとあわせて、セットで記憶すべき対比です。

なお、審査請求に理由があるときの認容裁決については、行政不服審査法46条1項が「審査庁は、裁決で、当該処分の全部若しくは一部を取り消し、又はこれを変更する」と定めています。ただし同項ただし書により、審査庁が処分庁の上級行政庁又は処分庁のいずれでもない場合には、処分を変更することはできません。裁決による取消しの効果は、当該処分の効力を遡及的に失わせるものと解されています。

「取消し」なのに例外的に取り消せない場合(事情裁決)

争訟取消しには、違法・不当であっても取り消さないという例外があります。行政不服審査法45条3項の事情裁決です。

審査請求に係る処分が違法又は不当ではあるが、これを取り消し、又は撤廃することにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、審査請求人の受ける損害の程度、その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮した上、処分を取り消し、又は撤廃することが公共の福祉に適合しないと認めるときは、審査庁は、裁決で、当該審査請求を棄却することができる。この場合には、審査庁は、裁決の主文で、当該処分が違法又は不当であることを宣言しなければならない。
― 行政不服審査法 第45条第3項

出題ポイント: 事情裁決は「棄却裁決」であって取消しではありません。ただし主文で違法・不当を宣言する義務がある点が引っかけどころです。職権取消しが公益との比較衡量で制限されるのと同じ発想(公益と私益の調整)が、争訟取消しの場面でも条文化されている、と横に並べて理解すると忘れにくくなります。

なぜこの区別が出題されるのか

試験で問われるのは、次のようなすり替えです。

  • 「職権取消しは、私人の不服申立てを待って行われる」→ 誤り。職権取消しは行政庁が自らの判断で行うものです。
  • 「裁判所は、処分が不当であることを理由に処分を取り消すことができる」→ 誤り。取消訴訟の審査対象は原則として違法性です。
  • 「行政庁による職権取消しにも、取消訴訟と同じ出訴期間の制限がかかる」→ 誤り。職権取消しに一般的な期間制限の明文はありません(ただし後述のとおり、時間の経過は取消しを制限する方向の考慮要素にはなります)。

行政行為の職権取消し

職権取消しの意義

職権取消しとは、行政行為の成立当初から存在した瑕疵(違法又は不当)を理由として、行政庁がその行為の効力を失わせることです。

ここでの「取消し」は、裁判所が行う取消し(取消訴訟による取消し)とは区別されます。裁判所による取消しは「争訟取消し」と呼ばれ、行政庁自身が行う取消しは「職権取消し」と呼ばれます。

職権取消しの特徴

  • 原因: 行政行為の成立時に存在した瑕疵(違法又は不当)
  • 主体: 処分庁又は監督庁
  • 効果: 原則として遡及的に効力が消滅(遡及効)
  • 法的根拠: 法律の明文の根拠がなくても、行政庁の一般的権限として認められる

「違法」だけでなく「不当」も対象

職権取消しの原因となる瑕疵には、違法(法律違反)だけでなく不当(裁量権の行使が妥当を欠くこと)も含まれる点に注意が必要です。これは争訟取消しのうち、行政上の不服申立て(審査請求)と共通する特徴です。

一方、裁判所による取消訴訟では、原則として「違法」のみが審査対象であり、「不当」は司法審査の対象になりません(行政権と司法権の役割分担)。この「行政庁による取消し・審査請求は違法+不当、取消訴訟は違法のみ」という対比は、行政救済法とあわせて頻出の出題ポイントです。

職権取消しの効果(遡及効)

職権取消しは、行政行為の成立時に遡って効力を消滅させます(遡及効)。つまり、取り消された行政行為は「初めからなかったもの」として扱われます。

遡及効の具体例

営業許可に瑕疵があった場合に職権取消しがなされると、その営業許可は最初から存在しなかったものとして扱われます。したがって、取消し前に行われた営業活動は、法律上は無許可営業であったことになります。

ただし、遡及効を厳格に貫くと関係者に予測不可能な不利益を与えることがあるため、実務上は信頼保護の観点から遡及効を制限する場合もあります。授益的行政行為の取消しでは、遡及効そのものを将来に向かってのみ生じさせる(実質的に撤回に近い扱いをする)といった配慮がなされることもあります。

なぜ法律の根拠が不要なのか(制度趣旨)

職権取消しに法律の明文の根拠が不要とされる理由は、「違法・不当な行政行為を是正することは、適法・適正な行政の回復という法治主義の要請そのものであり、行政庁の本来的職責に含まれる」と説明されます。瑕疵ある行為を放置することは法秩序に反するため、その是正のために改めて授権規定を要しないと考えるわけです。

これに対し、後述する撤回は「適法に成立した行為」の効力を奪うものであり、相手方の地位や信頼を侵害する度合いが大きいため、法律の根拠の要否について争いが生じます。この「取消し=根拠不要、撤回=根拠の要否に争い」という非対称が、両者の法的性質の違いを端的に表しています。

職権取消しの権限を有する者

処分庁

行政行為を行った行政庁(処分庁)は、自ら行った行政行為を職権で取り消す権限を有します。法律上の明文の根拠がなくても、この権限は行政行為を行う権限に当然に含まれると解されています。

監督庁(上級行政庁)

処分庁の上級行政庁(監督庁)も、法律上の根拠なしに下級行政庁の行政行為を取り消す権限を有するかについては、学説上争いがあります。

多数説は、上級行政庁は監督権の一環として下級行政庁の行政行為を取り消す権限を有すると解しています。ただし、法律が処分庁に専属的な権限を与えている場合には、上級行政庁であっても取り消すことはできないとされています。

なお、これは行政組織内部の指揮監督関係に関する議論であり、上級行政庁が下級行政庁に「取り消すよう命じる(指揮監督権の行使)」ことができるのは比較的争いが少ない一方、上級行政庁が「自ら直接取り消す」ことができるかは別問題として議論されます。

不可変更力との関係

行政行為のなかには、その性質上、処分庁自身が自由に職権取消しをすることができないものがあります。代表例が、審査請求の裁決などの争訟裁断行為です。これらは紛争を終局的に解決する作用であるため、いったん下した判断を行政庁自ら覆すことは許されません。これを不可変更力(自縛力)といいます。

つまり、職権取消しの権限は無制限ではなく、不可変更力が生じる争訟裁断行為については、たとえ瑕疵があっても処分庁による職権取消しが制限されます。職権取消しの制限と並んで押さえておきたい論点です。

最判昭和29年1月21日(訴願裁決の職権取消事件)

農地買収計画を取り消した訴願裁決を、裁決庁が後になって自ら取り消すことができるかが争われた事案です。最高裁は、訴願裁決も行政処分ではあるが、実質的にはその本質が法律上の争訟を裁判するものであることを理由に、こうした性質を有する裁決は特別の規定がない限り、裁決庁自らにおいて取り消すことはできないとしました。

出題ポイント: 「行政庁は自らした行政行為であれば常に職権で取り消せる」という肢は誤りです。争訟裁断行為(審査請求の裁決、行政審判の裁決等)には不可変更力が生じ、処分庁・裁決庁自身による職権取消しが封じられます。「職権取消しに法律の根拠は不要」という原則の例外として位置づけて覚えましょう。

行政行為の撤回

撤回の意義

撤回とは、行政行為の成立当初は適法かつ有効であったものが、後発的な事由(事情の変更、義務違反等)により、その効力を将来に向かって失わせることです。

撤回の特徴

  • 原因: 行政行為の成立後に生じた後発的事由
  • 主体: 原則として処分庁(監督庁については争いあり)
  • 効果: 原則として将来に向かって効力が消滅(将来効)
  • 法的根拠: 法律の根拠が必要かについて学説に争いあり

撤回権者は誰か(処分庁に限られる)

撤回の主体は、原則として処分庁に限られると解されています。撤回は、適法に成立した行政行為について、後発的な事情を踏まえて公益との調整を図る判断であり、行政行為を行った処分庁が最もその判断にふさわしいと考えられるためです。

職権取消しでは監督庁も主体になりうる(多数説)のに対し、撤回は監督庁が当然にはできないと解される点が、両者の違いとして問われることがあります。

後発的事由の具体例

撤回の原因となる後発的事由には、以下のようなものがあります。

  1. 法令上の要件の喪失: 許可の条件を満たさなくなった場合(例: 欠格事由に該当した)
  2. 義務違反: 許可に付された条件に違反した場合
  3. 公益上の必要: 社会状況の変化により、行政行為の存続が公益に反するようになった場合
  4. 相手方の申出: 行政行為の相手方自身が撤回を求めた場合

撤回の効果(将来効)

撤回は、原則として将来に向かって効力を消滅させます(将来効)。つまり、撤回がなされるまでの間、行政行為は有効に存在していたものとして扱われます。

将来効の具体例

営業許可が撤回された場合、撤回前に行われた営業活動は適法な営業活動として扱われます。撤回の時点から先についてのみ、営業許可がないことになります。

撤回に法律の根拠は必要か|菊田医師事件が示した結論

取消し・撤回論のなかで、最も出題頻度が高く、かつ最も誤解されやすいのがこの論点です。結論から言えば、判例は、個別法に撤回を認める明文の規定がなくても撤回できる場合がある、という立場を採っています。

なぜ「根拠が必要では?」と考えたくなるのか(学説の対立)

撤回は、適法に成立した行政行為の効力を奪います。相手方の側から見れば、何ら瑕疵のない許可を、行政庁の判断ひとつで失うことになります。侵害留保説(国民の権利を制限し義務を課す行政作用には法律の根拠を要するという考え方)を素直に当てはめれば、撤回にも法律の根拠が必要だ、という結論になりそうです。これが根拠必要説の発想です。

これに対し根拠不要説は、次のように反論します。

  1. 行政行為を行う権限を法律が与えている以上、その行為が公益に適合しなくなったときに効力を失わせる権限も、元の授権に内在していると考えられる。
  2. 個別法が撤回事由をすべて予測して列挙することは不可能であり、明文がないことを理由に撤回できないとすると、公益に適合しない状態を放置するほかなくなる。
  3. 相手方の保護は、撤回権の存否ではなく、比較衡量による撤回の制限損失補償によって図れば足りる。

判例は、後者の考え方に親和的な結論を示しました。

最判昭和63年6月17日(菊田医師事件/実子あっせん医師事件)

事案——産婦人科医である上告人は、中絶時期を逸した女性に出産を勧めたうえ、虚偽の出生証明書を作成して嬰児を他の夫婦の実子としてあっせんする行為(実子あっせん行為)を長年にわたり多数回行っていました。医師法違反等により罰金刑を受けたことなどを理由に、県の医師会は、旧優生保護法に基づいて上告人に与えていた指定医師の指定を撤回しました。上告人がその取消しを求めた事案です。

判旨

指定医師の指定の撤回によって上告人の被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令上その撤回について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与されている被上告人は、その権限において上告人に対する右指定を撤回することができる。
― 最判昭和63年6月17日(菊田医師事件)

判旨の構造を分解する

この判示は、次の3ステップで組み立てられています。順序が重要です。

  1. 相手方が被る不利益を考慮する(私益の測定)
  2. それでもなお撤回すべき公益上の必要性が高いと認められる(比較衡量の結論として公益が優越)
  3. だから、明文の規定がなくても、指定権限を持つ者は撤回できる(撤回権限の肯定)

つまり判例は、「明文がなくても常に撤回できる」と言っているのではありません。比較衡量の結果として公益上の必要性が高いと認められる場合に、明文の根拠なしに撤回できると述べているのです。この条件付きの構造を落として「明文不要」とだけ覚えると、応用問題で足をすくわれます。

出題ポイント: この判例は次の2方向から狙われます。

  • 「撤回には常に法律の明文の根拠が必要である」→ 誤り(本判決が明文なしの撤回を認めた)
  • 「判例は、明文の規定がなくても行政庁は自由に撤回できるとした」→ 誤り(公益上の必要性が高いという比較衡量の結論が前提。「自由に」は言い過ぎ)

「撤回できること」と「撤回してよいこと」を分けて考える

この論点でつまずく受験生の多くは、撤回権限の有無撤回権行使の適法性を混同しています。整理すると次のとおりです。

段階問い判例の答え① 権限の所在明文がなくても撤回する権限はあるかある(処分権限を付与された行政庁に内在する)② 行使の適否その権限を行使してよいか比較衡量により公益が優越する場合に限る③ 事後処理撤回された相手方の損失は補償されるか帰責性なし+公益目的なら補償が問題となりうる

菊田医師事件は①と②をまとめて判示した判例であり、③については、相手方自身の行為が撤回原因であったため問題となる場面ではありませんでした。

撤回権の留保|あらかじめ「撤回できる」と付けておく

撤回をめぐる紛争をあらかじめ回避する仕組みが、行政行為の附款の一種である「撤回権の留保」です。

撤回権の留保とは

撤回権の留保とは、行政行為を行う際に、一定の場合には行政庁がその行政行為を撤回することができる旨を、あらかじめ付言しておく附款をいいます。「本許可は、公益上必要が生じたときは取り消すことがある」といった文言がその典型です。

行政行為の附款には、条件・期限・負担・撤回権の留保・法律効果の一部除外などがありますが、撤回権の留保は行政行為の効力そのものを将来失わせる可能性を留保する点に特徴があります。

撤回権の留保があると何が変わるのか

留保がない場合留保がある場合撤回権限の有無明文がなくても認められうる(菊田医師事件)明示的に認められている相手方の予測可能性撤回されないという信頼が生じやすい撤回されうることを織り込み済み信頼保護の要請強い弱まる損失補償の要否帰責性なし+公益目的なら問題となりうる補償が不要と解される余地が広がる

ポイントは、撤回権の留保が相手方の信頼の正当性を低下させるという点です。「いつでも撤回されうる」と告げられて許可を受けた者は、その許可が永続することへの信頼を主張しにくくなります。その結果、比較衡量の天秤が公益側に傾きやすくなります。

撤回権の留保があれば無制限に撤回できるのか

ここが最大の引っかけポイントです。答えはノーです。

撤回権の留保が付されていても、行政庁が恣意的に撤回してよいことにはなりません。留保が働くのは留保された事由が現実に発生した場合に限られますし、その撤回が比例原則や信義則に反しないことも必要です。撤回権の留保は「撤回のハードルを下げる事情」であって、「比較衡量そのものを不要にする免罪符」ではありません。

出題ポイント: 「撤回権の留保が付されている場合、行政庁はいつでも自由に当該行政行為を撤回することができる」→ 誤り。留保された事由の発生が必要であり、比例原則等による制約も及びます。

撤回権の留保と「解除条件」の違い

似て見えるものに解除条件があります。区別のカギは、効力消滅に行政庁の意思表示が要るかどうかです。

  • 解除条件——条件として定めた事実が発生すれば、行政庁の行為を要することなく当然に効力が消滅する。
  • 撤回権の留保——留保事由が発生しても、それだけでは効力は消えない。行政庁が撤回という行為をして初めて効力が消滅する。

記事前半で扱った「失効」と撤回の区別と同じ発想です。「行政庁の意思表示が要るのが撤回、要らないのが失効・解除条件」という軸で、まとめて整理しておきましょう。

取消しと撤回の比較

比較表(完全版)

試験で問われる論点をすべて縦軸に並べた完全版が次の表です。冒頭の要約表を、判例と条文まで含めて拡張したものと考えてください。

#比較項目職権取消し撤回1原因の発生時期行政行為の成立時(原始的瑕疵)行政行為の成立後(後発的事情)2原因の内容違法又は不当な瑕疵義務違反・事情変更・公益上の必要・相手方の申出3対象行為の当初の適法性当初から瑕疵あり当初は適法・有効4効果の遡及遡及効あり(行為時に遡って消滅)遡及効なし(将来に向かってのみ消滅)5遡及の例外授益的行為では将来効に制限されることがある原則どおり将来効(遡及させない)6権限を持つ者処分庁+監督庁(多数説)原則として処分庁のみ7法律の根拠の要否明文の根拠は不要(行政庁の本来的職責)明文の根拠がなくても(判例。学説には対立あり)8根拠不要とされる理由違法・不当の是正は法治主義の要請そのもの公益上の必要が高ければ処分権限に内在する9制限の有無侵害的行為=原則自由/授益的行為=比較衡量による制限侵害的行為=原則自由/授益的行為=比較衡量による制限10制限の根拠となる原理信頼保護(信義則)・既得権の尊重信頼保護(信義則)・既得権の尊重11参照判例最判昭和43年11月7日(買収計画・売渡計画の職権取消し)最判昭和63年6月17日(菊田医師事件)12損失補償通常は問題とならない(瑕疵は相手方も甘受すべき場合が多い)帰責性なし+公益目的の撤回では問題となりうる(最判昭和49年2月5日)13行政手続法上の扱い許認可等の取消しは聴聞(行手法13条1項1号イ)許認可等の取消し(学問上の撤回)も聴聞14行為自体の性質それ自体が処分(審査請求・取消訴訟の対象)それ自体が処分(審査請求・取消訴訟の対象)15原則の例外争訟裁断行為は不可変更力により職権取消し不可撤回権の留保が付されていれば撤回は容易になる

表の使い方: 択一式で迷ったら、まず #1(原因はいつ発生したか) に戻ってください。#1が決まれば #4(遡及効)は自動的に決まります。誤り肢の多くは、この #1 と #4 の対応関係をわざと入れ替えて作られています。

共通点も押さえる

取消しと撤回は対比して覚えることが多いですが、共通点も整理しておくと理解が深まります。

  • いずれも行政庁が一方的に行う行政行為である(それ自体が処分性を持ちうる)。
  • いずれも授益的行政行為については相手方の信頼保護の観点から制限される。
  • いずれも、相手方に不利益を及ぼす場合には行政手続法上の不利益処分に該当しうる。
  • いずれも、相手方はその取消し・撤回を処分として争うことができる(審査請求・取消訴訟の対象になりうる)。

「対比=相違点」だけに偏らず、共通の枠組みのなかで違いを位置づけると、応用問題にも対応しやすくなります。

用語の注意点

実定法上は、「取消し」と「撤回」の用語が必ずしも行政法学上の用法と一致しません。例えば、運転免許の「取消し」(道路交通法103条)は、免許取得後の違反行為(後発的事由)を理由とするものであり、行政法学上は「撤回」に該当します。

同様に、生活保護の「廃止」、許可の「取消し」など、実定法の表現は多様です。条文上「取消し」と書かれていても、その実質的な原因が後発的事由であれば、行政法学上は撤回として扱う、というのが理解の核心です。

試験では、法律上の用語と行政法学上の概念を区別して理解することが重要です。問題文が「○○法上の取消し」という形で具体的な制度を示してきた場合は、その原因(成立時の瑕疵か後発的事由か)に着目して、学問上どちらに当たるかを判断しましょう。

授益的行政行為の取消し・撤回の制限|信頼保護と既得権の衡量

取消しと撤回は、原因も効果も異なる別の制度です。しかし「授益的行政行為については自由に効力を奪えない」という制限の局面では、両者はほぼ同じ枠組みで動きます。ここが取消し・撤回論の実質的な山場であり、記述式でも狙われる部分です。

なぜ授益的行政行為だけ制限されるのか

行政行為は、相手方への効果によって次の2つに分かれます。

  • 侵害的(負担的)行政行為——相手方に義務を課し、権利を制限する行為(課税処分、除却命令、営業停止など)
  • 授益的行政行為——相手方に権利・利益を与える行為(許可、認可、特許、補助金交付決定、給付決定など)

侵害的行政行為の効力を失わせることは、相手方にとって利益です。だから原則として自由に取り消せますし、制限を論じる必要がありません。これに対し授益的行政行為の効力を失わせることは、相手方にとって不利益です。しかも相手方は、その行政行為が有効であることを前提に、設備投資をし、従業員を雇い、生活設計を立てています。

つまり、制限の根拠は次の2つに整理できます。

  1. 信頼保護(信義則)——行政庁が有効な行政行為をしたことへの相手方の信頼は、法的に保護に値する。行政法の一般原則としての信義則の適用場面です(行政法の一般原則|信義則・比例原則・平等原則)。
  2. 既得権の尊重——相手方が適法に取得した地位・利益を、行政庁の一方的判断で奪うことは、法的安定性を損なう。

そのうえで、これらの私益を絶対視すると、違法状態の放置や公益の犠牲を招きます。そこで判例・通説は、私益と公益を比較衡量して個別に判断するという解決を採っています。

取消しの制限と撤回の制限を並べる

授益的行政行為の職権取消し授益的行政行為の撤回制限の考え方比較衡量比較衡量天秤の一方(私益)取消しにより相手方が被る不利益撤回により相手方が被る不利益天秤の他方(公益)瑕疵ある処分を放置することの不当性撤回を必要とする公益上の必要性根拠判例最判昭和43年11月7日最判昭和63年6月17日(菊田医師事件)相手方の帰責性の扱い詐欺・虚偽申請があれば信頼保護は弱まる義務違反があれば撤回は広く認められる損失補償通常は問題とならない帰責性なし+公益目的なら問題となりうる

両者に共通する結論は次の一文に集約されます。

授益的行政行為の取消し・撤回は、相手方が被る不利益と、取消し・撤回によって実現される公益とを比較衡量して、公益が優越する場合に限り認められる

この一文をそのまま記述式の骨格として書けるようにしておくと、40字記述でも部分点を確保しやすくなります。

帰責性が天秤を動かす

比較衡量といっても、実務上・試験上の決め手は相手方に帰責性があるかどうかです。

  • 相手方に帰責性がある場合(詐欺・虚偽申請による許可の取得、許可条件への違反など)——相手方の信頼はそもそも保護に値しないため、天秤は大きく公益側に傾き、取消し・撤回は広く認められます。菊田医師事件も、指定医師自身が法の予定しない行為を反復した事案でした。
  • 相手方に帰責性がない場合(行政庁側の事務処理ミスによる瑕疵、社会情勢の変化による公益上の必要)——相手方の信頼は正当なものとして厚く保護され、取消し・撤回は制限されます。撤回の場合には、さらに損失補償の要否が問題になります。

出題ポイント: 「授益的行政行為の取消しは相手方の帰責性の有無にかかわらず制限される」という肢は誤りです。帰責性の有無が制限の強弱を決める、という方向性を必ず押さえてください。

取消しの制限

信頼保護の原則による制限

職権取消しは行政行為を遡及的に消滅させるものですが、行政行為の相手方がその効力を信頼し、それを前提に生活や事業を営んでいる場合、無制限に取消しを認めると信頼を裏切ることになります。

そこで、信頼保護の原則(信義則の一適用場面)により、職権取消しには一定の制限が課されます。

侵害的行為と授益的行為で扱いが違う

職権取消しの可否は、対象となる行政行為が侵害的(負担的)か授益的かで大きく異なります。

  • 侵害的行政行為(相手方に義務を課し、権利を制限する行為。例: 課税処分、各種命令)の職権取消しは、相手方の不利益を除去し利益を回復させるものであるため、原則として自由に取り消すことができる。信頼保護による制限は基本的に問題になりません。
  • 授益的行政行為(相手方に権利・利益を与える行為。例: 許可、認可、給付決定)の職権取消しは、相手方の既得の地位・信頼を奪うため、比較衡量による制限を受けます。

この「侵害的=原則自由、授益的=制限あり」という対比は、取消し・撤回の両方に共通する重要な軸です。

取消しの制限が問題となる場面

特に問題となるのは、授益的行政行為(相手方に利益を与える行政行為)の職権取消しです。

  • 営業許可の取消し
  • 年金受給権の認定の取消し
  • 補助金交付決定の取消し

これらの場合、相手方は行政行為を信頼して一定の行動をとっているため、その信頼を保護する必要があります。

判例の立場

最判昭和43年11月7日(買収計画・売渡計画の職権取消事件/昭和39年(行ツ)第97号)

不在地主の農地として買収計画・売渡計画が立てられ、売渡処分まで完了した後に、実は在村地主の農地であったことが判明したため、農業委員会がこれらの計画を職権で取り消した、という事案です。最高裁は、職権取消しの可否について次のように述べました。

処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁においては、自らその違法または不当を認めて、処分の取消による不利益と、取消をしないことによる不利益とを比較考量し、該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り、これを取り消すことができる。
― 最判昭和43年11月7日

そのうえで本件では、違法な買収処分によって旧所有者が被った不利益のほうが、売渡処分の取消しによって売渡しの相手方が被る不利益より著しく大きいとして、職権取消しを是認しました。

この判例の3つの読みどころ

  1. 職権取消しは無条件ではない——「取消しによる不利益」と「取消しをしないことによる不利益」を比較考量すべきものとされています。授益的行政行為の職権取消しが制限されるという命題の、判例上の拠り所です。
  2. 判断基準は「著しく不当」——単に瑕疵があるだけでは足りず、「該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り」という限定が付されています。この「限り」の限定が、そのまま制限の中身です。
  3. 取消権者の範囲——「処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁」という表現になっており、処分庁に限定していません。監督庁も職権取消しの主体になりうるという多数説と整合的な言い回しです。

出題ポイント: 「授益的行政行為であっても、公益上の必要が私人の不利益を上回れば職権取消しができる」という比較衡量の枠組みを問う肢が典型です。「授益的行政行為は一切取り消せない」「瑕疵があれば当然に取り消せる」というどちらの極端も誤りである、と覚えてください。

給付行政の場面への応用

同じ枠組みは、生活保護の開始決定・給付決定や年金の裁定など、給付行政の場面にも及びます。これらの決定に瑕疵があったとしても、受給者は決定を信頼して生活を組み立てているため、遡及的に取り消して既受給分の返還を求めることには慎重な配慮が求められる、というのが一般的な理解です。実際、この種の返還請求は、多くの場合に個別法が独自の根拠規定と要件を置いて処理しています。

試験対策としては、授益的処分の取消しは「比較衡量」で判断するという枠組みと、相手方に帰責性(不実の申告等)があれば取消しが認められやすいという方向性を押さえておけば十分です。個別分野の細かい制度に踏み込む必要はありません。

取消しの制限の考慮要素

授益的行政行為の職権取消しの可否を判断する際には、以下の要素が考慮されます。

  1. 瑕疵の重大性: 瑕疵が重大であるほど取消しは認められやすい
  2. 相手方の帰責性: 瑕疵が相手方の詐欺・虚偽申請等に起因する場合は取消しが認められやすい
  3. 相手方の信頼の正当性: 瑕疵の存在を知らなかった場合は信頼保護の要請が強い
  4. 取消しにより実現される公益: 公益上の必要性が高いほど取消しが認められやすい
  5. 時間の経過: 処分から長期間が経過しているほど取消しは制限される方向に作用

ポイントは、相手方に帰責性(不正取得・詐欺・偽りの申請等)がある場合は、信頼保護の要請が弱まり、取消しが広く認められるという方向性です。逆に、行政側のミスによる瑕疵で、相手方が善意・無過失でこれを信頼していた場合は、取消しが制限されやすくなります。

撤回の制限

授益的行政行為の撤回の制限

撤回は、適法に成立した行政行為の効力を将来に向かって消滅させるものです。授益的行政行為の撤回は、相手方が適法に取得した利益を奪うことになるため、一定の制限が課されます。

撤回が認められる場合

  1. 法令上の根拠がある場合: 法律が撤回事由を明示している場合(例: 免許取消事由を法定)
  2. 相手方の義務違反がある場合: 許可条件への違反等
  3. 公益上の必要がある場合: ただし、相手方に対する補償の問題が生じる
  4. 相手方が撤回に同意している場合

制限の根拠判例(菊田医師事件)

授益的行政行為の撤回の制限に関する最重要判例は、最判昭和63年6月17日(菊田医師事件)です。この判例は、①明文の根拠がなくても撤回できることと、②その判断が相手方の不利益と撤回すべき公益上の必要性との比較衡量によることを、ひとつの判示のなかで同時に示しています。事案と判旨の分解は、本記事の「撤回に法律の根拠は必要か|菊田医師事件が示した結論」の章で詳しく扱ったとおりです。

ここで再確認しておきたいのは、「撤回できる」という結論と「無制限に撤回できる」という命題は別物だということです。菊田医師事件は撤回を認めた判例ですが、その論理は比較衡量であり、公益上の必要性が高いと認められなければ撤回は違法となります。撤回の授権を認めた判例であると同時に、撤回の制限を定式化した判例でもある——この二面性が、この判例が繰り返し出題される理由です。

補償の問題

授益的行政行為の撤回が公益上の必要から行われた場合、相手方の損失に対する補償が必要かという問題があります。

相手方に帰責事由がなく、もっぱら公益上の理由で撤回が行われた場合には、相手方に生じた損失に対して損失補償が必要と解される場合があります。これは、特定の個人に特別の犠牲を課すことになるためです。

一方、相手方の義務違反を理由とする撤回の場合には、補償は不要です。

この「帰責性なし+公益目的の撤回=補償あり/義務違反による撤回=補償なし」という対応関係が、撤回と損失補償をつなぐ論点として問われます。なお、菊田医師事件は相手方の行為(義務違反的な行為)が撤回原因であったため、補償が問題となる場面ではない、という整理も押さえておきましょう。

重要判例|行政財産の使用許可の撤回と損失補償

ただし、「帰責性がなく公益目的なら常に補償される」わけではありません。この点を示したのが次の判例です。

最判昭和49年2月5日(民集28巻1号1頁)

事案——東京都が所有する行政財産である土地について、建物所有を目的とし、期間の定めなく使用許可を受けていた者がいました。その後、都が中央卸売市場の用地として当該土地を必要とするに至ったため、使用許可が撤回されました。使用権を失ったことに対する損失補償を請求できるかが争われた事案です。原審は更地価格の6割相当額の補償を認めましたが、最高裁はこれを破棄しました。

判旨の要旨——都有行政財産である土地について使用許可によって与えられた使用権は、たとえ期間の定めがなく建物所有を目的とするものであっても、行政財産本来の用途又は目的上の必要を生じたときはその時点で原則として消滅すべきものという制約が、権利自体に内在している。したがって、行政財産本来の用途・目的上の必要を理由として使用許可が撤回されたときは、特別の事情がない限り、使用権喪失についての損失補償を求めることはできない

「特別の事情」の例——最高裁は、使用許可に際して支払った対価を償却するに足りない期間内に行政財産としての必要が生じた場合や、使用許可に別段の定めがある場合など、使用権者が実質的な理由を有する場合を例外として示唆しています。

出題ポイント: この判例の核心は「権利に内在する制約」という発想です。行政財産の目的外使用権は、もともと「本来の用途が必要になれば消える」という限界を抱えた権利なので、その限界どおりに撤回されても特別の犠牲にはあたらない——だから補償不要、という筋道です。損失補償の要否は「特別の犠牲があったか」で決まるという一般論(損失補償の要否と基準|国家賠償との違いを整理)と接続させて理解してください。

まとめると、撤回と補償の関係は次の3類型に整理できます。

類型撤回の原因補償① 相手方の義務違反・帰責性あり許可条件違反、法秩序遵守の適格性欠如など不要② 権利に内在する制約が顕在化行政財産本来の用途上の必要(最判昭和49年2月5日)原則不要(特別の事情があれば必要)③ もっぱら公益上の必要・帰責性なし社会情勢の変化等による撤回必要となりうる(特別の犠牲)

「帰責性なし=必ず補償」と単純化せず、②の類型を挟んで3段階で覚えると、正誤判断の精度が上がります。

不利益処分としての取消し・撤回と行政手続法

行政手続法との関係

職権取消しや撤回が、相手方にとって不利益な効果をもたらす場合には、行政手続法上の不利益処分に該当し、聴聞又は弁明の機会の付与が必要となります。

特に、許認可等を取り消す場合には、聴聞の手続が必要です(行政手続法13条1項1号イ)。

行政手続法第13条第1項第1号イ
許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
― 行政手続法第13条第1項第1号イ

ここでいう「取り消す」には、行政法学上の「撤回」も含まれます。法律の用語として「取消し」と表記されていても、行政法学上は「撤回」に該当するもの(運転免許の取消し等)も、聴聞の対象となります。

聴聞と弁明の機会の使い分け

行政手続法上、不利益処分の手続は、その不利益の重大性に応じて聴聞弁明の機会の付与に分かれます。

手続対象となる主な処分方式聴聞許認可等の取消し(撤回含む)、資格・地位の直接剥奪、役員等の解任命令など重大な処分原則として口頭・対審的弁明の機会の付与上記以外の不利益処分(営業停止など)原則として書面

許認可等を「取り消す(撤回する)」処分は、相手方の地位を失わせる重大な不利益処分であるため、より手厚い聴聞の対象とされています。一方、一定期間の業務停止のような処分は、原則として弁明の機会の付与で足ります。この振り分けは、行政手続法分野の頻出論点であり、取消し・撤回の手続的側面として一体で押さえておくと効率的です。

無効な行政行為との関係

取消しと無効の違い

行政行為の瑕疵には、取消原因となる瑕疵と無効原因となる瑕疵があります。

比較項目取消しうべき行政行為無効な行政行為瑕疵の程度違法又は不当(軽微な瑕疵)重大かつ明白な瑕疵効力取消しまでは有効当初から無効争う方法取消訴訟(出訴期間の制限あり)無効等確認訴訟(出訴期間の制限なし)公定力ありなし不可争力あり(出訴期間経過で争えなくなる)なし(いつでも無効主張可)

「重大かつ明白」基準

行政行為が無効となるのは、その瑕疵が重大かつ明白な場合に限られるとするのが判例・通説です(重大明白説)。瑕疵が重大でも明白でない場合は、取消しうべき行政行為にとどまり、職権取消しや取消訴訟の対象となります。

職権取消しの議論は、あくまで「取消しうべき瑕疵(=有効に成立しているが取り消せる)」を前提としたものです。無効な行政行為は、そもそも初めから効力がないため、改めて「取り消す」必要がない、という関係を意識しておきましょう。

この記事と「無効と取消し」の記事の役割分担

行政行為の効力を失わせる論点には、よく似た2つの対比軸があります。混同しやすいので、当サイトでは記事を分けて扱っています。

対比軸問われていること扱う記事取消し vs 撤回効力を失わせる原因がいつ発生したか(原始的瑕疵か後発的事情か)、遡及効の有無この記事無効 vs 取消し瑕疵がどの程度重いか(重大明白説)、公定力・不可争力の有無、争う訴訟類型行政行為の瑕疵|無効と取消しの違いと重大明白説

3つの概念の関係を1本の線で表すと、次のようになります。

瑕疵が重大かつ明白 ──→ 無効(初めから効力なし。取り消す必要すらない)
瑕疵がそこまででない ─→ 取消しうべき行為 ──→ 職権取消し/争訟取消し(遡及効)
瑕疵がない(適法) ───→ 後発的事情の発生 ──→ 撤回(将来効)

つまり、「無効か取消しか」は瑕疵の重さの問題、「取消しか撤回か」は原因の時点の問題です。前者を詳しく知りたい方は上記の記事へ、本記事では後者に集中して解説を進めます。

過去問・出題分析|どんな角度で問われるか

行政書士試験では、取消し・撤回は次のような切り口で繰り返し出題されています。

  • 原因と効果の対応: 「成立時の瑕疵=取消し=遡及効」「後発的事由=撤回=将来効」を入れ替える正誤問題。
  • 法的根拠の要否: 「撤回には常に法律の明文の根拠が必要」とする誤り肢(菊田医師事件の射程)。
  • 比較衡量の主体・場面: 授益的処分の取消し・撤回はいずれも比較衡量で判断されるという理解を問う。
  • 実定法用語とのズれ: 運転免許の「取消し」が学問上は撤回にあたる、という典型。
  • 手続法との接続: 許認可の取消し(撤回)には聴聞が必要、という横断問題。
  • 損失補償との接続: 公益目的・帰責性なしの撤回では補償が問題となる、という横断問題。

これらは単独の知識を問うだけでなく、行政手続法・行政救済法・損失補償と横断的に組み合わせて出題される傾向が強い分野です。取消し・撤回を「行政行為論の孤立した一項目」と捉えず、各分野の結節点として学ぶことが得点力につながります。

ひっかけの型を9パターンで潰す

誤り肢は無限に作れるように見えて、実際は限られた「型」の組み合わせです。この分野で使われる型を列挙します。肢を読んだ瞬間にどの型かを見抜けるようになれば、この論点は失点しなくなります。

型誤り肢の言い回しどこが誤りか①遡及効の入れ替え「撤回は行政行為の成立時に遡って効力を失わせる」撤回は将来効。遡及効は取消し②原因の入れ替え「職権取消しは、行政行為の成立後に生じた事由を理由とする」それは撤回の説明。取消しは成立時の瑕疵根拠必要説への誘導「撤回には常に法律上の明文の根拠が必要である」菊田医師事件は明文なしの撤回を認めた④「自由に」への拡張「判例は、明文がなければ行政庁は自由に撤回できるとした」「公益上の必要性が高い」という比較衡量が前提制限の全否定/全肯定「授益的行政行為は一切取り消せない」/「瑕疵があれば当然取り消せる」どちらも極端。比較衡量で決まる⑥撤回権者の拡張「監督庁も当然に撤回することができる」撤回権者は原則として処分庁実定法用語との混同「道交法上の免許『取消し』は学問上も取消しである」後発的事由が原因なので学問上は撤回留保の万能視「撤回権の留保があれば行政庁はいつでも自由に撤回できる」留保事由の発生が必要。比例原則等の制約も及ぶ⑨補償の一律化「公益上の理由による撤回では常に損失補償が必要である」権利に内在する制約の顕在化なら原則不要(最判昭和49年2月5日)

とくに④と⑧は、正しい知識を持っている受験生ほど引っかかります。判例が認めたのは条件付きの権限であって、無条件の自由ではない——この一線を意識してください。

記述式で書けるようにしておく骨格

40字記述で問われた場合に備え、次の3つの型をそのまま書けるようにしておきましょう。

  • 取消しと撤回の区別を問われたら——「取消しは成立時の瑕疵を理由に遡及的に効力を失わせ、撤回は後発的事情を理由に将来に向かって効力を失わせる。」(約55字。設問に応じて削る)
  • 授益的処分の撤回の可否を問われたら——「相手方の被る不利益を考慮してもなお撤回すべき公益上の必要性が高い場合は、明文の規定がなくても撤回できる。」(約52字)
  • 職権取消しの制限を問われたら——「取消しによる不利益と取消しをしないことによる不利益とを比較考量し、処分の放置が著しく不当なときに限り取り消せる。」(約56字)

いずれも判例の言い回しをベースにしています。判例のキーワード(「比較考量」「公益上の必要性」「明文の規定がなくても」)を落とさないことが、部分点を積むコツです。

試験対策上の重要ポイント

頻出論点の整理

  1. 取消しの原因は成立時の瑕疵、撤回の原因は後発的事由
  2. 取消しの効果は遡及効、撤回の効果は将来効
  3. 職権取消しには法律の根拠不要。撤回も判例上、明文の根拠がなくても公益上の必要があれば可能
  4. 実定法の用語と行政法学上の概念の不一致: 「免許取消し」は行政法学上は「撤回」
  5. 授益的行政行為の取消し・撤回はいずれも比較衡量が必要(信頼保護の原則)
  6. 授益的行政行為の撤回には補償が必要な場合がある(帰責性なし+公益目的)
  7. 許認可等の取消し(撤回を含む)には聴聞が必要
  8. 侵害的行政行為の取消しは原則自由(信頼保護の問題が生じにくい)

よくある誤解の整理

  • 「職権取消しには法律上の根拠が必要である」→ 誤り(法律の根拠なしに可能とするのが通説・判例)
  • 「撤回には常に法律の明文の根拠が必要である」→ 誤り(菊田医師事件=明文なくても公益上の必要があれば可能)
  • 「撤回は行政行為の成立時に遡って効力を失わせる」→ 誤り(撤回は将来効。遡及効は取消し)
  • 「道路交通法上の運転免許の取消しは、行政法学上も取消しに該当する」→ 誤り(後発的事由に基づくため、行政法学上は撤回に該当)
  • 「授益的行政行為の取消しは信頼保護により一切できない」→ 誤り(比較衡量で公益が勝てば可能)
  • 「侵害的行政行為の取消しも信頼保護により制限される」→ 誤り(侵害的行為の取消しは相手方に有利であり原則自由)
  • 「撤回は監督庁も当然に行える」→ 誤り(撤回権者は原則として処分庁)
  • 「撤回権の留保があれば、行政庁はいつでも自由に撤回できる」→ 誤り(留保事由の発生が必要。比例原則等の制約も及ぶ)
  • 「公益上の理由による撤回では常に損失補償が必要である」→ 誤り(権利に内在する制約が顕在化した場合は原則不要。最判昭和49年2月5日)
  • 「行政庁は自らした行政行為であれば常に職権で取り消せる」→ 誤り(争訟裁断行為には不可変更力が生じる。最判昭和29年1月21日)
  • 「取消訴訟では、処分が不当であることを理由に取消しを求めることができる」→ 誤り(取消訴訟の審査対象は原則として違法性。不当を審査できるのは審査請求・職権取消し)

よくある質問(FAQ)

Q1. 取消しと撤回、実務ではどちらの用語が使われますか。

実定法の条文では、どちらも「取消し」と表記されることがほとんどです。「撤回」という文言を使う法律は多くありません。したがって、条文に「取消し」と書いてあっても、その原因が成立時の瑕疵なのか後発的事情なのかを自分で判定する必要があります。道路交通法103条1項の免許の「取消し」は、免許取得後に生じた事由(一定の病気の判明、違反行為等)を理由とするものであり、行政法学上は撤回に分類されます。試験では、この「条文の言葉と学問上の概念のズレ」がそのまま出題されます。

Q2. 撤回に遡及効が認められることはまったくないのですか。

原則として撤回は将来効であり、これが撤回の定義的な特徴です。ただし、個別の法律が撤回に遡及的な効果を与えている場合(例えば補助金の交付決定を取り消して既に交付した補助金の返還を命じる仕組みなど)には、その法律の定めに従います。試験対策としては、行政法の一般理論としては「撤回=将来効」で押し切ってよいが、個別法が特別の定めを置くことは妨げられない、と理解しておけば十分です。

Q3. 職権取消しに法律の根拠が要らないのに、撤回では争いがあるのはなぜですか。

対象となる行政行為が当初適法だったかどうかが違うからです。職権取消しは、そもそも違法・不当な状態を是正して適法状態を回復する作用なので、法治主義そのものの要請として行政庁の本来的職責に含まれると説明できます。これに対し撤回は、何ら瑕疵のない適法な行政行為の効力を奪うものであり、相手方の適法に取得した地位を侵害します。だから侵害留保説の観点から根拠を要するのではないか、という疑問が生じるわけです。判例は、それでも公益上の必要性が高ければ明文なしに撤回できるとしましたが、この学説の対立構造を理解しておくと、応用問題での判断がぶれなくなります。

Q4. 職権取消しと争訟取消しでは、取消しの効果に違いはありますか。

いずれも原則として処分時に遡って効力を失わせる点は共通です。違いが出るのは手続と審査対象です。職権取消しは行政庁が自ら開始でき、違法だけでなく不当も理由にできます。争訟取消しは私人の申立てが必要で、審査請求なら違法+不当、取消訴訟なら原則として違法のみが審査対象です。また、争訟取消しには審査請求期間・出訴期間の制限がある一方、職権取消しには一般的な期間制限の明文がありません(ただし時間の経過は取消しを制限する方向の考慮要素になります)。

Q5. 許可を撤回されたら、相手方はどうやって争えばよいですか。

撤回それ自体が行政庁の一方的な公権力の行使であり、処分にあたります。したがって、相手方は審査請求(行政不服審査法)や取消訴訟(行政事件訴訟法)によって撤回処分を争うことができます。あわせて、撤回が許認可等の取消しにあたる場合は、行政庁は事前に聴聞を行わなければならず(行政手続法13条1項1号イ)、聴聞を欠いた撤回は手続的違法として取消事由になりえます。「撤回されたら泣き寝入りするしかない」という選択肢は誤りです。

Q6. 撤回権の留保が付いていない許可は、撤回されないのですか。

そんなことはありません。菊田医師事件が示したとおり、法令に明文の撤回規定がなくても、撤回を必要とする公益上の必要性が高ければ撤回は可能です。撤回権の留保は、撤回の可否を左右する決定的要素ではなく、比較衡量の一要素(相手方の信頼の正当性を低下させる事情)と位置づけられます。逆に言えば、留保があっても比較衡量が不要になるわけではありません。

Q7. 「取消し」「撤回」「失効」「無効」の4つが混乱します。整理のコツはありますか。

次の2つの質問を順に当てるのが確実です。

  1. そもそも初めから効力があったか? ——なかった(重大かつ明白な瑕疵)なら無効。あったなら2へ。
  2. 効力を失わせるのに行政庁の意思表示が要るか? ——要らない(期限到来・目的物の滅失等)なら失効。要るなら3へ。
  3. その原因はいつ生じたか? ——成立時なら取消し(遡及効)、成立後なら撤回(将来効)。

この3段階のフローチャートを覚えておけば、どの概念を問われても迷わず位置づけられます。

まとめ

行政行為の取消しと撤回は、行政法の基礎理論として最も重要なテーマの一つです。以下の点を正確に整理しておきましょう。

  • 取消しは成立時の瑕疵が原因、撤回は後発的事由が原因
  • 取消しは遡及効(行為時に遡る)、撤回は将来効(撤回時以降)
  • 職権取消しには法律の根拠は不要(通説)。撤回も判例上、明文の根拠がなくても公益上の必要があれば可能(菊田医師事件)
  • 授益的行政行為の取消し・撤回は、相手方の不利益と公益との比較衡量により制限される
  • 授益的行政行為の撤回では、帰責性がなく公益目的の場合に損失補償が問題となる
  • 侵害的行政行為の取消しは原則として自由
  • 実定法の「取消し」が行政法学上の「撤回」に該当することがある
  • 許認可等の取消し(撤回を含む)には聴聞が必要

比較表を用いて両者の違いを正確に記憶し、判例(農地買収計画取消事件・菊田医師事件)の立場を理解しておくことが合格への近道です。取消し・撤回は単独で完結せず、行政手続法や損失補償と接続して問われるため、横断的な視点で復習しておきましょう。

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確認問題

行政行為の職権取消しは、行政行為の成立後に生じた後発的事由を理由として、その効力を将来に向かって消滅させるものである。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
設問は「撤回」の説明です。職権取消しは、行政行為の「成立時に存在した瑕疵」を理由として、その効力を「遡及的に」消滅させるものです。後発的事由を理由に将来に向かって効力を消滅させるのは「撤回」です。
確認問題

道路交通法上の運転免許の「取消し」は、免許取得後の違反行為(後発的事由)を理由とするものであり、行政法学上は「撤回」に該当する。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
道路交通法上の運転免許の「取消し」は、免許取得後の交通違反等の後発的事由を理由に行われるものであるため、行政法学上は「取消し」ではなく「撤回」に分類されます。実定法の用語と行政法学上の概念が一致しない典型例です。
確認問題

授益的行政行為の職権取消しは、信頼保護の原則により一切認められない。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
授益的行政行為の職権取消しは、信頼保護の原則により一定の制限を受けますが、「一切認められない」わけではありません。判例(最判昭和43年11月7日)は、相手方が被る不利益と取消しにより実現される公益を比較衡量して取消しの適否を判断すべきとしており、公益上の必要性が高い場合には取消しが認められます。
確認問題

授益的行政行為の撤回は、法令上その撤回について直接明文の規定がない限り、行うことができない。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
判例(最判昭和63年6月17日・菊田医師事件)は、撤回によって相手方が被る不利益を考慮してもなお撤回を必要とする公益上の必要性が高いと認められる場合には、法令上明文の規定がなくても、処分の権限を付与されている行政庁は撤回をすることができるとしています。したがって「明文の規定がない限り撤回できない」とする本問は誤りです。
確認問題

相手方に課された義務の違反を理由として授益的行政行為が撤回された場合、行政庁は当然に相手方の損失を補償しなければならない。○か×か。

○ 正しい × 誤り
解説
損失補償が問題となるのは、相手方に帰責事由がなく、もっぱら公益上の理由から撤回が行われ、特定の者に特別の犠牲を課す場合です。相手方の義務違反を理由とする撤回の場合は、相手方に帰責性があるため、補償は不要と解されます。
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