憲法31条の適正手続保障|行政手続への適用と判例
憲法31条の適正手続の保障を解説。刑事手続だけでなく行政手続にも適用されるかという論点を、成田新法事件判決(最大判平成4年7月1日)等の判例とともに整理します。
はじめに|適正手続の保障は憲法の基本原理
憲法第31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定しています。この条文は文言上、刑事手続に関する規定ですが、行政手続にも適用されるのかという論点は行政書士試験で頻出です。
憲法31条は、近代立憲主義の根幹をなす「適正手続(デュー・プロセス)」の原理を定めた条文です。国家が個人の生命・自由・財産という最も重要な利益を奪う場合には、あらかじめ法律で定められた公正な手続を踏まなければならない——この考え方は、国家権力の恣意的な行使から個人を守るための歴史的な到達点であり、人権保障の手続的な側面を支える基盤となっています。
行政書士試験では、この31条が「刑事手続だけの条文なのか、行政手続にも及ぶのか」という論点を中心に、憲法分野(択一)でも、行政手続法・行政調査と絡めた行政法分野でも繰り返し問われます。判例の結論だけを暗記すると、本試験のひねった選択肢で足をすくわれやすい論点でもあります。
本記事では、憲法31条の意義を条文の趣旨から確認した上で、行政手続への適用に関する判例を事案・判旨・意義の三層で整理し、関連する憲法35条・38条(手続的人権)との関係、行政手続法による具体化、そして試験での出題ポイントとよくある誤解までを網羅的に解説します。
憲法31条の意義|条文の趣旨と保障内容
条文の確認
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
― 日本国憲法 第31条
文言を分解すると、「①法律の定める手続によらなければ」「②生命・自由を奪われ、または刑罰を科せられない」という構造になっています。つまり、刑罰権の発動には「法律の定める手続」が必須であることを定めた規定です。
条文の趣旨
31条の趣旨は、国家の刑罰権という最も峻烈な権力作用を、適正な手続のコントロール下に置くことにあります。歴史的には、絶対王政期に国家が恣意的に身体を拘束し処罰した経験への反省から、「手続を踏まない処罰は許さない」という原理が確立されました。日本国憲法は、この適正手続の保障を人権規定の冒頭に近い位置(第三章「国民の権利及び義務」)に置き、続く32条以下で裁判を受ける権利、33条以下で身体の自由に関する詳細な手続的保障を展開しています。31条はこれら手続的人権の「総則的・包括的規定」と位置づけられます。
4つの保障内容
憲法31条の文言は「手続の法定」のみに言及していますが、判例・通説は、この条文から段階的に広い保障内容を読み込んでいます。整理すると次の4つです。
条文の文言は「手続」の法定のみですが、通説・判例は、手続の適正、さらには実体(罪刑)の法定・適正までを31条が要求すると解しています。とりわけ③罪刑法定主義の根拠条文を31条に求めるのが一般的です(39条・73条6号但書も関連)。
このうち②手続の適正の中核をなすのが「告知と聴聞(notice and hearing)」を受ける権利です。すなわち、不利益を受ける者に対し、あらかじめその内容を告知し、弁解・防御の機会を与えなければならないという要請であり、後述する第三者所有物没収事件で正面から認められました。
4分類を「縦軸×横軸」で理解する
この4分類は、丸暗記すると本試験のひねった選択肢で混乱しやすいため、2軸のマトリクスで捉えると正確に整理できます。一方の軸は「手続に関する保障か、実体(罪と罰の中身)に関する保障か」、もう一方の軸は「法律で定めること(法定)を求めるのか、その内容が適正であることまで求めるのか」です。
①が条文に明記された「核」であり、②③④は判例・通説が解釈によって段階的に読み込んだ「拡張」です。「31条が保障するのは①だけ」とする選択肢は誤りであり、最も広い④(罪刑の均衡や法文の明確性まで)に至るまでが含まれると理解するのが通説・判例の到達点です。なお、②手続の適正の中核が告知・聴聞であるのに対し、④実体の適正の中核は後述する明確性の理論(徳島市公安条例事件)と、罪と刑の均衡(過酷すぎる刑罰の禁止)です。
アメリカ法との関係(デュー・プロセス条項)
憲法31条は、アメリカ合衆国憲法修正第5条・修正第14条のデュー・プロセス条項(due process of law、「法の適正な過程」)に由来するとされています。アメリカでは、デュー・プロセス条項から「手続的デュー・プロセス(手続の適正)」と「実体的デュー・プロセス(実体・内容の適正)」の両面が導かれており、日本の31条解釈もこの考え方の影響を強く受けています。試験では、31条が「英米法(アメリカ法)由来の適正手続条項である」という出自が問われることがあります。
行政手続への適用|最大の論点
問題の所在
憲法31条の文言は「刑罰を科せられない」であり、直接的には刑事手続を対象としています。では、行政手続(行政処分の手続など)にも31条の保障は及ぶのでしょうか。たとえば、営業許可の取消し、施設の使用禁止命令、課税処分などの不利益処分を行う際に、事前に相手方へ告知し、弁解・防御の機会を与えなければ31条違反となるのか、という問題です。
学説・判例は次のように整理されます。
- 否定説: 31条は文言どおり刑事手続にのみ適用される。行政手続には及ばない。
- 準用・類推適用説: 31条そのものは刑事手続の規定だが、その趣旨は行政手続にも準用・類推される。
- 肯定説(判例・通説): 31条の保障は行政手続にも及びうる。ただし、刑事手続と同程度の保障が常に要求されるわけではなく、行政目的に応じた合理的な手続で足りる。
判例(成田新法事件)は、行政手続が刑事手続と性質を異にすることを踏まえつつ、「刑事手続でないという理由だけで一律に31条の枠外とするのは相当でない」とし、保障が及びうることを認めました。ここが本論点の核心です。
成田新法事件(最大判平成4年7月1日)
行政手続への憲法31条の適用について、最も重要な判例が成田新法事件です。リーディングケースとして、判旨をそのまま覚える価値があります。
事案: 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる成田新法)に基づき、運輸大臣が、暴力主義的破壊活動者が集会等に使用するおそれのある工作物(建物)について使用禁止命令を発した事案。処分にあたって、相手方に事前の告知・弁解・防御の機会が与えられていなかったことが、憲法31条に違反するのではないかが争われた。
判旨(行政手続への適用に関する判示):
憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
― 最大判平成4年7月1日(成田新法事件)
しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではない。
― 最大判平成4年7月1日(成田新法事件)
判旨の3つのポイント:
- 憲法31条の保障は行政手続にも及びうる(刑事手続でないという理由だけで一律に枠外とはしない)。
- ただし、行政手続では常に事前の告知・弁解・防御の機会が要求されるわけではない。
- 機会を与えるかどうかは、(ⅰ)制限を受ける権利利益の内容・性質、(ⅱ)制限の程度、(ⅲ)達成しようとする公益の内容・程度、(ⅳ)緊急性等を総合較量して決定する。
本件では、空港の安全確保という高度の公益と緊急性が認められたため、事前手続を欠いても31条に違反しないと結論づけられました(合憲・適法)。
意義: この判決は、(a)31条の行政手続への適用可能性を最高裁が初めて正面から認めた点、(b)同時に「常に同程度の保障は要らない」とし、総合較量という柔軟な枠組みを示した点で決定的に重要です。「適用されうる/されない」の二択ではなく、「及びうるが、要求される手続の程度は事案ごとに較量で決まる」という中間的な立場を押さえることが、本試験での得点に直結します。
較量の4要素(暗記の核)
成田新法事件の総合較量の要素は、選択肢の正誤判定で直接問われます。次の4つをセットで覚えましょう。
①②(相手方側の不利益)と③④(公益側の必要性)を比較衡量する構造です。成田新法事件では③公益(空港の安全)と④緊急性が重く、事前手続の欠如が許容されました。
「適用されうる」と「適用される」は違う——判決の二段構え
成田新法事件の判旨が試験で狙われるのは、結論が一見すると逆説的に見えるからです。最高裁は前段で「行政手続も31条の保障の枠外とはいえない(適用されうる)」と述べながら、後段で「本件では事前手続を欠いても違憲ではない(合憲)」と結論づけました。一見すると矛盾するように読めますが、これは次の二段構えで理解すると整合します。
- 第1段:適用可能性の判断 — 行政手続だからといって、31条の保障が「当然に」及ばないとは言えない。刑事手続でないことだけを理由に一律に枠外とするのは相当でない。
- 第2段:保障内容の判断 — 及びうるとしても、どの程度の手続が要求されるかは別問題。行政手続は刑事手続と性質が異なり、行政目的に応じて多種多様であるから、事前の告知・弁解・防御の機会を与えるか否かは、前掲4要素の総合較量で決まる。
つまり「31条が適用されるか(入口)」と「適用された場合に事前手続が必須となるか(中身)」を切り離して論じているのです。「適用されうる」という第1段の判断だけを取り出して「だから事前手続は必須」と続ける選択肢は、第2段の較量を飛ばした誤りであり、本試験で頻出のひっかけです。
利益衡量の具体的なあてはめ
本件で最高裁が事前手続を不要とした理由を、4要素にあてはめて確認しておきます。整理しておくと、要素を入れ替えた選択肢の正誤判定がしやすくなります。
③④(公益側)が①②(相手方側)を上回ったため、事前の告知・聴聞を欠いても31条に違反しないと結論づけられました。なお、この較量枠組みは、後の行政手続法13条2項が定める聴聞・弁明手続の適用除外(公益上緊急に処分すべき場合など)の考え方とも通じており、判例法理が立法に結実した一例として理解できます。
関連する判例
第三者所有物没収事件(最大判昭和37年11月28日)
事案: 関税法違反事件で、被告人の所有物のみならず、被告人以外の第三者が所有する貨物まで没収する付加刑が言い渡された事案。第三者には何の告知も弁解の機会もないまま没収された。
判旨:
第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならない。
― 最大判昭和37年11月28日(第三者所有物没収事件)
第三者の所有物を没収するには、その所有者に対して告知・弁解・防御の機会を与えなければならず、これを欠く没収は、適正な法律手続によらないで財産権を侵害するものであって、憲法31条・29条に違反すると判示しました。
意義: (a)31条が要求する「手続の適正」の中核が「告知・弁解・防御の機会(告知と聴聞)」であることを明らかにした点、(b)31条の保障が刑事手続における当事者以外の第三者にも及ぶことを示した点、(c)財産権を保障する29条と併せて適用される点が重要です。試験では「31条と29条の両方に違反する」という形で出題されます。
なお本件では、第三者が訴訟当事者でないのに、被告人が「自分が受ける付加刑(没収)の違憲性」を主張できるかという第三者の権利の援用の論点も含まれており、最高裁はこれを認めました。あわせて押さえておくと理解が深まります。
川崎民商事件(最大判昭和47年11月22日)
事案: 旧所得税法に基づく税務職員の質問検査権の行使(帳簿等の検査)について、令状なしに行うことが憲法35条(住居等の不可侵・令状主義)に、また罰則をもって検査を受忍させることが38条1項(自己負罪拒否特権)に違反しないかが争われた事案。
判旨(35条との関係):
憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
― 最大判昭和47年11月22日(川崎民商事件)
そのうえで、当該質問検査は、(ⅰ)刑事責任追及を直接の目的とする手続ではなく、(ⅱ)強制の態様が直接的・物理的なものではなく、相手方の自由意思を著しく拘束するものではないこと等から、令状を要せず、また38条1項にも違反しないとして合憲としました。
意義: 成田新法事件が31条について述べたのと同じ論理構造を、35条・38条について先取りした判例です。すなわち「手続的人権(35条等)の保障は、刑事手続でないという理由だけで一律に行政手続の枠外とはならないが、当然に同程度の保障が及ぶわけでもない」という枠組みを示しました。試験では、31条(成田新法)と35条・38条(川崎民商)をセットで押さえるのが定石です。
個人タクシー事件(最判昭和46年10月28日)
事案: 個人タクシーの営業免許申請が却下された事案。多数の申請者から少数を選別する免許処分にあたり、行政庁が内部の審査基準を適用したが、申請者にその基準の存在や内容を知らせず、有利な事情を申し述べる機会を与えなかったことの適否が争われた。
判旨: 多数の申請者の中から少数の者を選択して免許を付与するような場合には、内部的にせよ審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべきであり、その基準の内容が微妙・高度な認定を要するものであるときは、申請者に主張と証拠提出の機会を与えなければならない。これを欠く処分は違法となる。
意義: 31条そのものではなく、行政手続の一般原則として「審査基準の設定・適正な適用」「申請者への意見陳述の機会」を要求した先駆的判例です。後の行政手続法5条(審査基準)などの立法に思想的な影響を与えました。適正手続の理念が行政過程一般に及ぶことを示す判例として、あわせて理解しておきましょう。
判例の比較整理表
行政手続法との関係|31条の趣旨の具体化
行政手続法の位置づけ
行政手続法(平成5年制定、平成6年施行)は、憲法31条が示す適正手続の理念を、行政過程の場面で立法的に具体化したものと理解されています。それまで個人タクシー事件などで判例が積み上げてきた手続的要請を、一般法として明文化した意義があります。同法は主に次の手続を定めています。
- 申請に対する処分: 審査基準の設定・公表、標準処理期間の設定、理由の提示(第5条〜第11条)
- 不利益処分: 処分基準の設定・公表、意見陳述手続として聴聞または弁明の機会の付与、理由の提示(第12条〜第31条)
- 行政指導: 行政指導の一般原則、申請に関連する行政指導・許認可等の権限に関連する行政指導、書面の交付(第32条〜第36条の2)
- 届出: 形式上の要件に適合する届出は提出時に手続上の義務が履行されたものとする(第37条)
- 意見公募手続(パブリックコメント): 命令等を定める際の意見公募(第38条〜第45条)
聴聞と弁明の機会の付与
不利益処分における意見陳述手続は、処分の重大性に応じて2種類に分かれます。これは「告知と聴聞」の理念を不利益処分の重さに対応させたものです。
許認可の取消し等、相手方の権利利益への制約が大きい処分には、より手厚い「聴聞」が要求されます。この区別は行政法分野で頻出です。
行手法13条が31条の趣旨を「具体化」するとは
成田新法事件は「事前の告知・弁解・防御の機会を与えるか否かは総合較量で決まる」としました。この較量を、立法者があらかじめ類型化して条文に落とし込んだのが行政手続法13条です。条文を確認します。
行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
― 行政手続法 第13条第1項
すなわち、判例が事案ごとに較量していた「どの程度の手続が必要か」を、立法者が①許認可の取消しなど重大な処分には対審的な聴聞を、②それ以外の不利益処分には書面中心の弁明の機会の付与を、という形であらかじめ振り分けたのです。これにより、行政庁は個別に較量するまでもなく、処分の類型に応じて法定の手続を踏めば足りることになり、相手方の予測可能性も高まりました。31条が掲げた「告知と聴聞」という抽象的理念を、不利益処分の場面で実効的なルールへと具体化したものといえます。
ただし行手法13条2項は、公益上緊急に処分すべき場合や、相手方の所在不明など一定の場合に意見陳述手続を不要とする適用除外を定めています。これは成田新法事件の較量における「④緊急性」が高い場面を立法的に類型化したものと位置づけられ、判例法理と整合しています。
理由の提示も適正手続の一内容
意見陳述(聴聞・弁明)と並んで、行政手続法は不利益処分・申請拒否処分について理由の提示を義務づけています(行手法8条・14条)。なぜその処分をするのかを相手方に示すことは、(ⅰ)行政庁の判断の慎重・合理性を担保し恣意を抑制する機能と、(ⅱ)相手方が不服申立て・取消訴訟で争う手がかりを得る機能をもち、これも31条が示す適正手続の理念の一内容と理解されています。判例も、不利益処分の理由提示の程度が不十分な場合に処分を違法とした例があり(一級建築士免許取消処分に関する最判平成23年6月7日など)、理由提示の不備は手続的瑕疵として処分の取消事由となりうるとされます。
適用除外に注意
行政手続法はすべての行政分野を網羅しているわけではありません。同法3条・4条には広範な適用除外が定められており、国会・裁判所が行う処分、刑事手続に関する処分、地方公共団体の機関がする処分のうち条例・規則に基づくものの一部などが対象外とされています。31条の趣旨は理念として及びうるとしても、行政手続法という実定法のレベルでは保障が及ばない領域がある点に注意が必要です。
罪刑法定主義と明確性の理論|31条の実体面
ここまでは主に「②手続の適正」(告知・聴聞)を中心に見てきましたが、31条はその裏面で「③実体の法定(罪刑法定主義)」「④実体の適正(明確性・罪刑の均衡)」も根拠づけています。憲法分野ではこの実体面も問われるため、あわせて押さえておきましょう。
罪刑法定主義の根拠
罪刑法定主義とは、「法律なければ犯罪なく、法律なければ刑罰なし」という原則、すなわち何が犯罪となり、それにどのような刑罰が科されるかを、あらかじめ成文の法律で定めておかなければならないという原則です。これは国家の刑罰権の恣意的行使から国民の自由を守る近代刑法の基本原則であり、その憲法上の直接の根拠は31条に求めるのが通説です。
関連条文として、事後法(遡及処罰)を禁じ一事不再理を定める39条、政令には特に法律の委任がある場合を除いて罰則を設けられないとする73条6号但書も、罪刑法定主義を支える規定として併せて挙げられます。
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
― 日本国憲法 第39条
明確性の理論(徳島市公安条例事件)
罪刑法定主義から派生する重要な要請が、刑罰法規の明確性です。何が処罰されるかが不明確な法律では、国民は行動の予測ができず、また捜査機関や裁判所の恣意的な運用を招くため、不明確な刑罰法規は31条に違反して無効となりうるとされます(明確性の理論)。
この基準を示したのが徳島市公安条例事件(最大判昭和50年9月10日)です。集団行進に際し「交通秩序を維持すること」という条例の遵守事項が不明確で31条に反しないかが争われました。
ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである。
― 最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)
最高裁は、この「通常の判断能力を有する一般人の理解において、適用の有無を判断できる基準が読みとれるか」という基準を示したうえで、本件条例の規定はこの基準を満たすとして、31条に違反しないと結論づけました(合憲)。試験では、(a)明確性の判断基準の文言(通常の判断能力を有する一般人を基準とする)と、(b)結論が合憲であったことが問われます。
法定刑の重さ・委任立法との関係
実体の適正(④)に関しては、罪と刑のバランス(罪刑の均衡)を欠く著しく過酷な刑罰は許されないという考え方も31条に含まれるとされます。また、法律が罰則の制定を命令(政令等)に委任できるか(委任立法)も論点で、判例は、犯罪の構成要件の大綱を法律で定め、政令への委任が個別・具体的であるなど一定の限度で許されるとしています(73条6号但書の趣旨)。白紙委任的な包括委任は罪刑法定主義に反し許されません。
頻出論点・試験での出題ポイント
行政書士試験で問われる角度を、誤答を誘う典型パターンとともに整理します。
- 31条の保障は行政手続にも及び「うる」: 成田新法事件は、行政手続を一律に31条の枠外とすることを否定した。「行政手続には一切及ばない」とする選択肢は誤り。
- 常に事前手続が必要とは限らない: 成田新法事件は、事前の告知・弁解の機会を「常に必ず与える必要がある」とはしていない。「常に必要」とする選択肢は誤り。
- 総合較量の4要素: 権利利益の内容・性質/制限の程度/公益の内容・程度/緊急性。要素の入れ替え・追加で正誤を問う出題に注意。
- 第三者所有物没収事件は31条+29条: 「29条だけ」「31条だけ」とする選択肢は不正確。告知・弁解・防御の機会が手続的保障の核であることも問われる。
- 川崎民商事件は35条・38条の論点: 31条ではなく35条(令状)・38条(自己負罪拒否)。税務調査(行政調査)では令状不要・合憲とされた。条文番号の取り違えに注意。
- 行政手続法は31条の具体化: ただし適用除外があり、すべての行政手続に同法の保障が及ぶわけではない。
- 罪刑法定主義の根拠: ③実体の法定(罪刑法定主義)の根拠条文が31条であること。
過去問で問われた角度
- 成田新法事件の判旨そのものを引用し、空欄補充や正誤を問う形式(「刑事手続ではないとの理由のみで…枠外…相当ではない」)。
- 「総合較量」の考慮要素を列挙し、不適切な要素が混ざっていないかを問う形式。
- 31条・35条・38条の各判例(成田新法・川崎民商等)を横断して、どの条文の論点かを識別させる形式。
- 行政手続法の聴聞・弁明の区別や適用除外と絡めて、適正手続の具体化を問う形式。
よくある誤解
- 「31条は行政手続には適用されない」: 誤り。成田新法事件は適用されうることを認めている。否定説は判例の立場ではない。
- 「31条が及ぶなら、刑事手続と同じ手続が必要」: 誤り。及びうるとしても、行政目的に応じた手続で足り、常に事前の告知・聴聞が必要なわけではない。
- 「成田新法事件は処分を違憲とした」: 誤り。総合較量の結果、事前手続を欠いても合憲・適法とした。
- 「川崎民商事件は31条の判例」: 不正確。中心論点は35条(令状主義)・38条(自己負罪拒否特権)である。
- 「31条は手続の法定だけを保障する」: 不正確。通説・判例は、手続の適正、さらに実体(罪刑)の法定・適正まで要求すると解する。
要点早見表|論点別の結論整理
直前期の総ざらい用に、本記事の論点を結論ベースで一覧化します。条文番号・結論・キーワードをセットで確認してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 結局、行政手続には31条が適用されるのですか、されないのですか?
A. 「適用されうる」が正解です。成田新法事件は、刑事手続でないことだけを理由に行政手続を一律に31条の枠外とするのは相当でない、としました。ただし適用されうるとしても、刑事手続と同程度の手続(常に事前の告知・聴聞)が必要になるわけではなく、その程度は事案ごとの総合較量で決まります。「全面適用」でも「全面不適用」でもない中間的立場が判例です。
Q. 成田新法事件は、結論として処分を違憲としたのですか?
A. いいえ、合憲・適法としました。空港の安全という高度の公益と緊急性が重く、事前の告知・弁解・防御の機会を欠いても31条に違反しないと結論づけています。「31条の保障が及びうると認めた=処分が違憲とされた」と早合点しないことが重要です。
Q. 川崎民商事件は31条の判例として覚えてよいですか?
A. 中心論点は35条(令状主義)・38条1項(自己負罪拒否特権)です。31条と同じ「刑事手続でないとの理由だけで保障の枠外とはしない」という論理構造を共有するため成田新法事件とセットで学びますが、争点となった条文番号は35条・38条である点に注意してください。
Q. 罪刑法定主義の根拠条文は何条ですか?
A. 直接の根拠は31条です。あわせて、事後法の禁止・一事不再理を定める39条、政令の罰則に法律の委任を要求する73条6号但書も罪刑法定主義を支える規定として挙げられます。
Q. 行政手続法があるなら、もう31条を持ち出す必要はないのでは?
A. 行政手続法は3条・4条に広範な適用除外があり、すべての行政手続を覆っているわけではありません。同法の適用がない領域でも、31条の趣旨(適正手続の理念)が及びうるかは別途問題となります。実定法(行手法)と憲法上の保障(31条)は層が異なる点を意識してください。
関連論点
適正手続の理解を深めるには、次の隣接論点もあわせて押さえると効果的です。
- 手続的人権の体系: 31条(適正手続)→32条(裁判を受ける権利)→33条以下(逮捕・抑留・拘禁の手続)→35条(令状主義)→38条(自己負罪拒否)という、身体の自由をめぐる手続的保障の連なり。
- 行政調査の限界: 川崎民商事件の射程は、行政調査一般における令状の要否・受忍義務の議論につながる。
- 行政罰と罪刑法定主義: 31条由来の罪刑法定主義は刑罰に妥当するが、行政上の秩序罰(過料)との異同が問題となる。
確認クイズ
判例によれば、憲法31条の法定手続の保障は、刑事手続にのみ適用され、行政手続には一切及ばない。
成田新法事件において最高裁は、行政手続においても常に事前の告知・弁解の機会を与えなければならないと判示した。
第三者所有物没収事件において最高裁は、刑事事件で第三者の所有物を没収する場合にも所有者に告知・弁解の機会を与える必要があると判示した。
川崎民商事件において最高裁は、税務調査における質問検査は刑事責任追及の手続ではないから、憲法35条・38条の保障は当該手続には一切及ばないと判示した。
通説・判例によれば、憲法31条は手続の法定のみを保障し、刑罰の内容(実体)の適正までは要求していない。
徳島市公安条例事件において最高裁は、刑罰法規が明確性を欠き憲法31条に違反するかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、当該行為に適用されるかどうかを判断できる基準が読みとれるかによって決すべきとした。
罪刑法定主義の憲法上の直接の根拠は憲法第13条に求められるとするのが通説である。
まとめ
憲法31条は、文言上は刑事手続に関する規定ですが、判例はその趣旨が行政手続にも及びうることを認めています。成田新法事件判決(最大判平成4年7月1日)は、行政手続において事前の告知・弁解の機会が必要かどうかは、権利利益の内容・制限の程度・公益の内容・緊急性等の総合較量により判断されるとし、常に必要とされるわけではないとしました。
試験では、31条の保障が行政手続に「全面的に適用される」のか「一切適用されない」のかという二択ではなく、「及びうるが常に同程度の保障が要求されるわけではない」という判例の中間的立場を正確に理解することが重要です。あわせて、31条が手続の法定・適正だけでなく実体(罪刑)の法定・適正まで要求するという保障内容の広がりも押さえましょう。
成田新法事件・第三者所有物没収事件・川崎民商事件の3判例は、憲法31条・35条・38条をめぐる頻出判例として、条文番号・結論・論点をセットで正確に押さえておきましょう。加えて、31条は実体面でも罪刑法定主義(実体の法定)とその明確性(実体の適正)を根拠づけており、徳島市公安条例事件が示した「通常の判断能力を有する一般人」を基準とする明確性の理論も、憲法分野の出題に備えて確認しておくと万全です。
関連する論点として、適正手続を行政過程で具体化した手続や、財産権・表現の自由などの実体的人権の判例も併せて確認しておくと、横断的な出題に強くなります。